柔道 技術

怪我をして寝業師に…片足を犠牲にした横四方固めの入り方

高校1年生の夏を過ぎたあたりから、国体の強化選手に選ばれたのもあって県内外の合宿に参加するようになりました。 校内の練習とは違って、同じ階級でもレベルが高い選手や、階級が上の選手とも練習しないといけなくてそれはそれはキツくてしんどいも...
総合格闘技 試合

中学生相手のアマチュア総合格闘技…ナメた気持ちは吹き飛んだ

アマチュア総合格闘技で当時10~15戦していた僕の相手は、まだ5戦以下の15歳。中学3年生だった。 年齢差と階級差のある試合 自分の階級は65.8Kg以下のフェザー級。相手は今まで56.7Kg以下のフライ級で試合しており、いきなり2階級...
柔道 技術

田村亮子と同世代の女子柔道家が背負い投げで一本を取るまで

私は、中学1年から柔道を始めました。その頃は漫画のYAWARAが大流行、そしてあの田村亮子選手が中学3年で福岡国際を優勝した時代。正に、女子柔道の大ブームが訪れようとした時でした。 負け知らずで県代表、自信に満ちていた 私も波に乗り、素...
総合格闘技 技術

格闘技経験のない社会人が総合格闘技で勝利したリアネイキッドチョーク

昼間は会社員をしながら、総合格闘技のプロを目指して週3回、道場での練習とジムでの筋トレを続けている。 トップクラスのプロ総合格闘家はボクシング、キックボクシング、レスリング、柔道など、何らかのバックボーンを持ていることが多い。中には、...
剣道 指導者

厳しくて優しい剣道の先生、団体戦で見せた新たな一面

小学3年生の頃に剣道教室を見学し、その時に初めてW先生にお会いしました。その頃は30代後半で、今考えると、県内の剣道教室の先生ではかなり若い方だったのではないかと思います。 第一印象は、「とにかく怖い」の一言でした。そんなW先生から、...
剣道 練習

剣道地獄の「掛かり稽古流し」で、試合後半まで攻め続けるスタミナづくり

私はスタミナのない子供でした。小学校までは校内のマラソン大会ではいつもビリ。40人のクラスで40番が当たり前のようになっていました。 体も太っていましたが、相撲部で自分よりも体が大きく他の運動が苦手だった同級生より遅かったです。水泳で...
剣道 技術

剣道の「後の先」…体格差をくつがえす出小手をマスターするまで

小学校3年生の時に剣道を始めました。きっかけは、「ワンピース」のキャラクターで主人公の最初の仲間になる「ロロノア・ゾロ」が好きだったことです。 刀で敵の海賊を切って倒していく姿をかっこいいと思うと同時に、自分もこんな風になりたいと思い...
合気道 指導者

古き良き日本人の在り方…軍隊式グーパンチも飛び出す恩師の武道教育

昭和57年、私立の中学に入学しました。 もともと時代劇などが好きだったので、部活動は武道と決めていました。 となると、柔道か剣道。 しかし、柔道部は部員ゼロの休止状態であり、剣道部は人数は多かったものの全員が経験者とのこと...
総合格闘技 試合

柔道選手が振り返る中井祐樹vsヒクソングレイシーの試合展開

RIZINやUFCで見ることができる、打撃あり寝技ありの攻防は今でこそ当たり前ですが、90年代のある時期までは存在しませんでした。 当時、「バーリトゥード」と呼ばれ、まだ全貌が明らかでなかった新しい格闘技に、熱い眼差しを送る現役柔道選...
柔道 試合

昭和63年柔道全日本、今も心に残る斉藤仁の気迫の勝負

昭和63年、大学生になり柔道部に入部しました。スポーツ推薦枠などない、一般学生による弱小柔道部です。 入学早々の4月29日、昭和最後となった天皇誕生日に行われた「全日本柔道選手権大会」。全柔道人が出場を夢見る最高峰の大会を、部員全員で...
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