80年代に極真空手に入門…豊富な練習量で得られるものとは?

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中学生の頃は柔道部に入って初めて格闘技を経験しましたが、高校受験で合格した翌日から当時勢力を拡大中だった極真空手を始めました。

1980年頃の極真空手はウイリーvs猪木の試合でその格闘技として強さを世間に印象付けましたが、その後は世界に普及する格闘技団体への道を歩み始めました。

僕の部屋も空手関係の本とウェイトトレーニングセットで埋め尽くされていた記憶があります。

極真空手、直接打撃制の練習に衝撃

経験したら分かると思いますがパンチによる顔面攻撃は出来ないにもかかわらずやはり直接打撃制による練習は衝撃的でした。

蹴りが見えないくらい速いし、キックミットを持っても衝撃に耐えられず吹っ飛ばされるし、サンドバッグを蹴れば小型のものなら天井まで舞い上がるし、試合の時はみぞおちへのアッパーを喰らって吹き飛ばされ、伸びてしまったこともあります。

本当に見たことのないものスゴイ世界でした。ただ柔道で養った体力と勝負勘は空手にも役に立ったと思います。

当時はまだ高校生で空手をやり始めたばかりの頃は試合に出て負けたら悔しいと感じましたが、まだ全てが足りないので次の課題はすぐに思いつきました。

主に参考にしたのは「月刊パワー空手」(現ワールド空手)に載っていた全日本空手選手権の優勝有力候補選手たちの練習メニューでした。

トーナメントを闘い抜く体力づくり

一年くらい稽古を続けると試合を意識した稽古も増えてきます。稽古終了後には次のような特別メニューが加わるようになりました。

  • サンドバッグ パンチ ×5R
  • キックミット キック ×5R
  • キックミット パンチとキック ×5R

サンドバッグは誰かが後ろで支えて固定して休み無しで叩き続けなければならないし、これをインターバル以外は休み無しで全力でやらされます。

周りからは「気合い! 気合い! もっと声を出せ!」と檄(げき)が飛び、なかば強制的に死にものぐるいの環境が作り出されました。

これを含めて全ての練習が終わると体重が数キロ減っていました。

でもこの練習量は結構理にかなっていて、大体ボクシングの試合でも当時15Rだったし、空手の試合のトーナメントでも決勝に行くぐらいなら十分持つスタミナを養うことができます。

ちなみに、70年代のキックボクシング目白ジムの有名選手、日本人初のムエタイチャンピオン藤原敏男は毎日10時間、小さな巨人こと大沢昇選手は毎日10時間以上の練習していたそうです。それに比べれば少ないものの、道場の稽古にプラス15ラウンドの特別メニューは一般人の僕にとってはとんでもない練習量に感じられました。

練習量のおかげで試合にも勝てるように

こうした練習の効果は抜群で試合に出ると上位に食い込めるようになったし、試合に臨む時の心の余裕が全然違います。

あと、死にものぐるいになって練習量を増やしていくと自然と自分にあった戦い方が分かってきます。

多分どの格闘技でも一緒だと思いますが、コンビネーション主体のスタイル、真っ正面から打ち合うファイタースタイル、距離をとって制空権を取るボクサースタイルに分かれますが、僕の場合は、ボクサースタイル主体で闘っていました。

今現在は時代背景もあり稽古量もかなり減ったらしく、空手道場でも「今そんなことやったら誰も練習来なくなるよ」と言っていましたが、練習量というのは格闘技のみならず他のスポーツでも決定的な要素だと思います。

ただ豊富な練習量というのは人生の中で一時的にしかできないものかもしれません。当然ですが高齢になってから同じような練習を続けるのは不可能でしょう。

若い頃にしか出来ないことだからこそ後悔しない為にも、やっておいた方がいいという考え方もできます。僕の場合も当時の練習が、今ではいい思い出になっています。