中学剣道部の卒業生vs現役生団体戦で、補欠選手が見せた試合に涙

私たちの中学校剣道部では、公式戦が終わると最後に卒業生vs現役生で紅白戦をする伝統があります。

「追い出し稽古」とも呼ばれ、先輩と後輩の威信を懸けた対決です。

特に部員数が多かった私の世代は、レギュラーに選ばれる者がいれば選ばれない者もいます。私はレギュラー入りしていたのですが、同級生の山下君は後輩にレギュラーの座を取られ最後まで公式戦に出ることは叶いませんでした。

そんな山下君が中学校生活最後に魅せた執念の試合を取り上げます。

中学剣道で卒業生vs現役生の団体戦

中学剣道の団体試合は通常5人vs5人で行われます。しかし、私の同級生は部に7人いたため、監督が同級生全員で戦えるように7人制の団体戦を許可してくれました。

対する相手は下級生といえども、毎日稽古をしている現役生です。引退して週3回の稽古が許された卒業生の私たちにとってはアウェイの状況。しかも、卒業生チーム7人のうち1人の山下君は最後までレギュラーに選ばれなかった部員です。

私たちは山下君が負けることを前提に紅白戦に臨んだのです。

そして試合展開は、

  • 1人目の先鋒戦 引き分け
  • 2人目の次鋒戦 現役生勝利
  • 3人目の五将戦 現役生勝利
  • 4人目の中堅戦 卒業生勝利
  • 5人目の三将戦 現役生勝利

ここまでの勝利者数は現役生が圧倒的に多く、次の6人目の山下君が負けたら現役生チームの勝利が確定します。

補欠だった山下君が見せた応じ技

正直、私たちは負けを覚悟していました。山下君の相手は山下君からレギュラーの座を取った後輩だからです。

しかし、山下君の雰囲気は今までに見たことのないくらい張りつめており、声を掛けることが憚られる程でした。

私たちは山下君にアドバイスを送ることなく、ついに6人目の副将戦が始まりました。

開始早々、後輩は山下君を果敢に攻めます。後輩は山下君を打ち込み台のように打ち続け、山下君の体勢が崩れたところを狙って面を決めにきました。

そのときです。山下君は後輩の面打ちを竹刀で受け、応じ技の「面返し胴」を決めたのです。私たちは驚き、打たれた後輩は呆気にとられていました。

こうして6人目の副将戦は卒業生(山下君)の勝利。

続く7人目の大将戦も元キャプテンが意地を見せて卒業生の勝利。

これで両チームの勝利者数が同じになったため、それぞれのチームから代表者を選び、勝敗を決める代表戦に進みました。

卒業生チームの私たちは満場一致で代表者を山下君に決めました。今日の山下君は気合の入り方が尋常ではなく、必ず勝利をもたらしてくれると確信したからです。

対する現役生チームは現キャプテンを代表者に選びました。

現キャプテンvs補欠選手の代表戦

代表戦は時間無制限の1本勝負。引き分けはありません。

私たちは緊張する山下君を囲んで円陣を組み、気合を入れて試合に送り出しました。

審判の「始め!」の合図とともに、拍手が起きます。剣道の試合では、応援は拍手と決まっているからです。

さきほどの打たれ続けていた試合とは打って変わって山下君は激しく打ち込みます。しかし、部内一体格の大きい現キャプテンは山下君の打ちをものともしません。それどころか山下君を体当たりで場外へと吹っ飛ばしたのです。

審判からタイムを意味する「止め!」がかかります。

しかし、山下君はしばらく立てずにいました。場外に吹っ飛ばされた際に足をくじいてしまったのです。

そんな彼の姿を見て、自然と周囲から「山下ファイト!」と声援が上がりました。

山下君はその声援に応えるように立ち上がります。審判の「始め!」とともに山下君は驚きの行動に出ます。なんと試合開始直後に面に飛び込んだのです。

足が痛いはずなのにそれを我慢して打つ姿に私たちは感動し、相手は驚きのあまり動きが止まっていました。

審判の「面あり!」の言葉とともに周囲からの溢れんばかりの拍手が山下君を包みました。

私たち卒業生チームの勝ちが決まった瞬間です。

面を取った山下君は嬉し涙を流しており、そんな山下君を見て私たちも涙を流すという涙だらけの紅白戦だった記憶がいまでも残っています。

引退後も稽古を続けていた理由

後日談で、実は山下君は引退したあとの週3回の部活の稽古に加えて1人で地域の稽古会に参加し練習を続けていたのです。

理由を聞くと「紅白戦で迷惑を掛けたくないから」とのこと。山下君がレギュラーに選ばれなかった理由は、剣道の力不足に加え、気持ちの弱さを監督に指摘されていました。

しかし、当時の私にとって陰でひたむきに努力を続けた山下君はヒーローのように思えたのです。

成人した現在ではなおさらのこと、自分の至らない点を認めて改善しようと努力する彼の姿勢はいまでも私のお手本です。