空前のタイガーマスクブームはタイガーの引退により突然終わってしまった。
しかし、タイガーマスクが引退しても僕のプロレスへの情熱は消えず、プロレスのとりこになってしまっていた。
僕の母が亡くなった。高校1年の6月である。母は僕が初代のタイガーマスクを熱心に応援していたころ、マスクマンより藤波辰巳を応援し、当時の月刊ビッグレスラーのグラビアを眺めていた。
その母が難病の末に天国に召された。その悲しさを忘れるために僕はさらにプロレスに情熱を傾けた。兄は東京の大学、弟は精神面の不調で繰り返し入院、父は家にいなかった。5人だった家族はそろわない。僕は一人でテレビの前に座っていた。
全日本プロレスに二代目タイガーマスク登場!
新日本プロレス以外にも全日本プロレスも当然みていたが、僕の周りも全日本プロレスのファンはほとんどいなかった。ファンクス、マスカラス、ロビンソンなど素晴らしい外国人選手はたくさんいたが、新日本と比べると日本人レスラーの緊張感が少々気薄に感じていた。
そんな中でなぜか全日本プロレスになんとタイガーマスクが登場した!
僕のタイガーマスクへの信仰心が崩壊していく感じがして同時に怒りすら覚えた、「やめてくれ、汚さないでくれ」と。
二代目タイガーのマスクが似合わない理由
初代タイガーの頃と違ってプロレスの知識もかなり博学になり若手レスラーも全員顔も名前も一致していた。
もちろん全日本プロレスのタイガーマスクも正体は一発でわかる。まずマスクが似合ってなかった。どんなレスラーでも覆面が似合うわけではなかった。マスクは表情が見えずらいので、似合う選手には眼力が必要だ。
眼力のない選手はどんな選手でもマスクが似合わない。二代目タイガーマスクも遠くを見るやる気のない表情にも見えた。おまけに目の上に眉毛も見える。マスクデザインも悪い。
二代目タイガーは身長が高くスマートである。そのため初代のような猫のような体系ではない。肩をのっしのっしと、いからしてる。
タイガーではなく三沢光晴コール
そんな二代目タイガーがマットに上がった。テーマも「ピョーン、ピョーン、テレテレテレ…」と変なテーマだ。初代タイガー信者から見ると、すべてが偽タイガーにしか見えなかった。
対戦相手も誰だか知らない。初代のデビュー戦のダイナマイトキッドに比べ役者が落ちる。実況解説が一生懸命盛り上げようと努力してるのが白々しく感じられる。
会場内にはタイガーコールは起きず、正体のミサワ(三沢光晴)コールの大合唱(笑)。もう異様な空間のなかでのゴングだった。
二代目タイガーマスクvsラ・フィエラ
もし実際に会場にいたらヤジの臨場感は凄かったろう。まさしく公開処刑であった。
試合が始まる。二代目タイガーがキックを使うも失礼ながら素人同然の蹴りである。萩本欽一さんのギャグをを彷彿するような動きに失笑が起きる。
トラの覆面がなければ、普通のプロレスの試合だ。アームホイップなど技の一つ一つは悪くはない。ただ観客は全員初代タイガーマスクの幻影と重ね合わせて見ている。
正直、一応念のため録画していたビデオも停止した。もうこれはプロレスではなかった。試合はスープレックスでタイガーが勝利した。対戦相手のラ・フィエラはまったく覚えてない。こんなタイガーマスクは見たくはないし、あれはタイガーマスクでもない。
この試合からさらに全日本プロレスの日本人レスラーの印象が悪くなった。もちろん、僕だけの主観である。
マスクを脱いだ三沢光晴の覚醒
初代タイガーマスク信者から見るとこの試合は神の冒涜に値する。このミサワが初代タイガーのライバルである小林邦明との対戦でフォール負けしたときの大歓声が物語っている。
三沢光晴がタイガーマスクという黒い十字架を背おわされた5年間の苦悩は計り知れない。ただ三沢がマスクをとったとき、蛹から脱皮した瞬間、彼に大きな翼が見えた。プロレスラー三沢光晴の覚醒である。
タイガーのときのひょうひょうとした動きや表情もマスクをとるだけでこうも変わるのか。もし三沢がこのデビュー戦でキックなど使わずエルボー主体だったらどうなっていただろう。
その後はプロレス史上初まって以来の全日本プロレスブーム。マスクひとつ、いや布切れ一枚で人生が変わったのだ。
(文・GO)