UWFと新日本対抗戦!武藤敬司vs高田延彦で吹き飛ぶ「プロレスは八百長」

プロレスファンなら必ず聞かれたことがあるだろう。

「プロレスって八百長なんだろ?」

これは空手をやっていた当時の自分も、心の中で思っていたことである。

ショー要素の強いプロレス。結果の分かりきったものを見て何が楽しいのだろうかと。

あの伝説の興行を見るまでは。

UWFと新日本プロレスの全面対抗戦

空手を習い始めて2年が経ったころ。

夜の稽古が終わり、先輩がした話に私は耳を疑いました。

「新日本プロレスがUWFにケンカを売ったらしい。今度東京ドームで試合やるみたいだぞ」

先輩からUWFのビデオは借りていてよく見ていた。

最初は半ば強制的に見ろ、と言われ見せられたのだが、気付けば自分から貸りるようになっていた。

打撃・関節技主体で決着は一瞬のUWFに対し、まだその時は新日本プロレスのことはあまり知らず、とりあえずプロレスは八百長というイメージを持っていたため、試合をしても相反するだろうとも思っていた。

なんでプロレスなんかが…と思っていたが、先輩に誘われて、私はしぶしぶ東京ドームへ足を運ぶことに。

会場は超満員札止めで、会場外にも熱心なファンが集まり、ボルテージは最高潮。新日本プロレスのファンとUWFのファンとに二分され、まさに全面対抗戦なのだということが肌にひしひしと伝わってくる。

武藤敬司vs高田延彦

興行は進み運命のメインイベント、大将戦となった。

武藤敬司vs高田延彦の試合である。

鋭いキックに、素早い身のこなしからのタックルでマウントをとれば、すかさず腕・足を極めてくる。幾多の選手が、その攻撃にマットを叩いているのを見ていた。

そのためそれまでの結果を見ても、高田延彦が絶対勝つだろうと信じて疑わなかった。

プロレスが八百長なのだとしても、打撃や関節技中心のUWFなら普通のプロレスとは違うだろうと、当時は思っていたからだ。

高田延彦はトレーニングモンタージュに合わせ、途中ガウンを脱ぎ、己のその身一つで入場。

武藤敬司はトライアンフをバックに、威風堂々と、煌びやかなガウン、そして腰にはベルトを巻き入場。

選手のコール時には、互いのファンが大歓声を上げ、運命のゴングを待った。

武藤のドラゴンスクリュー、そして足四の字固め!

試合はプロレススタイルと格闘技スタイルが入り混じる攻防。

派手な大技も出ず、どちらかといえば高田のスタイルに歩み寄った流れに。グラウンドを中心とした展開に、会場内は固唾を飲んでいた。

やはりキックや関節技では高田に分があるため、やや高田優勢で試合は進むが、高田の強烈なミドルキックをキャッチした武藤がドラゴンスクリュー!そこから展開は大きく変わった。

執拗な足攻めにより、動きが鈍くなった高田を攻めたてる武藤。UWFのお株である関節技で絞め上げ、やがて高田はギブアップしてしまう。

しかもフィニッシュは「足四の字固め」という、UWFファンを一気に奈落の底に落とす、関節技の古典的ムーブだった。

吹き飛んだ「プロレスは八百長」のイメージ

このときまでプロレスは八百長だと思っていた。

UWFもプロレスではあるが、一瞬の打撃・関節技で相手を仕留めるという点でプロレスとは別ジャンルと思っていた。

それが、武藤敬司vs高田延彦の一戦を見たことで印象はガラリと変わった。

キックの連打を受け、関節技で絞められてもギブアップをせず、堂々とUWFの土俵で勝利を手にした武藤。八百長であれば、ものの数分で試合は決しているはず。

UWFと新日本プロレスの違いは、技を受けるかどうかだと思った。

武藤は高田の技を全て受け切ったうえで相手のギブアップを奪った。だからなおさら高田の完敗といえるだろう。

その日から、私はプロレスにかじりつくようになっていき、橋本真也vs小川直也など、プロレスの魅力にどんどん取り込まれていった。

2000年以後、桜庭和志や、高山善廣、藤田和之などがプロレスの看板を背負って総合格闘技に参戦したときは、プロレスを応援した。

今、もしプロレスを八百長やショーだと言う人がいたら、中邑真輔の名言で答えさせていただく。

「一番スゲェのはプロレスなんだよ!」

(文・緋空)

プロレス最強を信じた90年代…高田延彦vsヒクソングレイシーを見た
現在はRIZIN、DEEP、海外にはUFC、ベラトール、ONEチャンピオンシップなど総合格闘技団体が数多く存在します。 過去にさかのぼると、日本ではまだバーリトゥードやMMAなんて言葉も誰も知らなかった時代、1993年にアメリカでUF...