中西学、見捨てずにいて頂きありがとうございました…棚橋弘至戦を終えて

学生時代、レスリング同好会でオリンピックを目指していたあの時から早10数年。毎日、ダンベルやバーベルを上げ、大型選手のタックルを受け、倒される。

過酷なトレーニングの末、バキバキに割れ鍛えあげた身体は嘘のようにたるんでいた。

大学対抗戦など、いろいろな選手と肌を合わせたが、技術・体格などすべてが抜きんでている、そんな選手がいた。

当時我々が夢見ていたオリンピックに出場をする、「野人」中西学だ。

2009年5月、中西学を見に後楽園へ

50代を迎える世代で中西学のすごさを知らない者はいない。

彼のレスリングセンスは他を圧倒し、ましてや威圧感さえ味わうほど。

現に彼は周りから、「レスリングエリート」と呼ばれ、期待を一身に背負うこととなる。

だがそれだけの男でも、我々と同じく会社に翻弄され、天下をとれずもがく不遇な時代を迎えることがあった。

学生時代の中西学を知っているからこそ、その不遇をチャンスに変え、再度その頂きに挑戦をした試合は未だに鮮明に残っている。

2009年5月6日後楽園ホールのメインイベント。

IWGPヘビー級選手権 棚橋弘至vs中西学だ。

このタイトルマッチは見届けないといけないと思い、その情報を仕入れた当日、私は急いでチケットを購入した。

中西学の暗黒期間

中西学とはそもそも何者か?

まず、レスリングの経験がない人からすれば、デビューをしたプロレスラーのスタートラインはみんな一緒だ。

不良上がりのイカした兄ちゃんだろうが、勤勉一筋の子だろうが、厳しい練習に耐え、セルリアンブルーのマットに立てれば、ヤングライオンと呼ばれ、「プロレスラー」になれる。

しかし、中西は違った。新日本プロレス入団後、「レスリングエリート」と呼ばれ、わずか2カ月でデビュー。しかも、デビュー戦はあのドラゴン藤波辰巳とのタッグである。

その後若手の登竜門であるヤングライオン杯を優勝、海外遠征に出て、凱旋帰国後はIWGPタッグ王座獲得、G1クライマックス優勝など、同世代から一歩踏み出たかのように見えた。

2000年、ついにその時が来る。IWGPヘビーの挑戦だ。

IWGPタッグ、G1とくれば、その頂まであと一歩。中西への期待も大きかったが、結果は敗北。それからというもの、中西学というレスラーは会社に翻弄され、俗に呼ばれる「暗黒期間」の中心となってしまう。

結果、シングルでは鳴かず飛ばず。タッグ屋として大型選手と組むことが多く、シングルは棚橋弘至がけん引、中西は完全に泥沼でもがくこととなり、ベルト戦線から気づけば遠ざかっていた。

棚橋弘至vs中西学でチャンスを掴む

しかし、運は時に中西に傾く。

2009年5月3日、後藤洋央紀とのシングルに勝利すると、メインでIWGPを防衛した棚橋弘至から逆指名。元々、6日にノンタイトルで組まれていたシングルは急遽タイトルマッチに。

私はもう一度「レスリングエリート」であったあの頃の強い中西学を見たかった。

試合はテクニックの棚橋とパワーの中西が真っ向からぶつかる展開。棚橋は得意とするドラゴンスクリューを中心に足攻めで中西のパワーを抑えようと攻め立てる。

逆に中西は、アイアンクローやアルゼンチンバックブリーカーなど力技で対抗。気づけば一挙手一投足に、ファンは声を上げていた。

後楽園ホールの会場内には、「暗黒時代」と呼ばれた冷めきったムードはどこにもなかった。

「見捨てずにいて頂き、ありがとうございました」

20分を超える熱戦、会場の雰囲気は圧倒的に中西への期待でいっぱいだった。

棚橋を大きくリフトアップした中西は、そのまま無造作にロープへ投げ飛ばすと、反動で跳ね飛んだ棚橋を後ろから掴み、カールゴッチ直伝のジャーマンスープレックスホールド。

レフェリーの手が3回マットをたたいた瞬間、会場はオールスタンディングし大爆発。私も気づけば大きな声を上げ、リングの勝者に歓声を上げていた。

そしてその後、勝利者インタビューで明かされた、ある一幕が今回の勝利がどれだけのことだったか、気づかせてくれたのだ。

「ありがとうございます。本当に、中西学を今まで見捨てずにいて頂き、ありがとうございました!」

そのマイクの直後、鬼軍曹と呼ばれる故山本小鉄氏の号泣シーンがアップとなった。

中西学のエリート時代、そして不遇の時代も見ていたからこそ、その涙の意味は計り知れなかった。レスリングではまさに天下ともいえる五輪に出場したエリートが、重圧に苛まれプロレス界の天下をとれないもどかしさを見ていて、ついに取ったか…という、安堵の嬉しさがそこにあった。

私のようにレスリングから離れ、一般企業に勤め、ちくちくと仕事をし、理不尽なことがあっても会社に飼いならされ、やがて階段を昇り役職が就くという何の変哲もない人生があれば、中西のように、栄光から踏み外し、努力の末、また栄光を取り戻し誰からも愛され、感動を与えられるレスラー人生を歩むこともある。

勝利した選手が「見捨てずにいて頂き、ありがとうございました」とは、早々言えるものではない。

それこそ、中西学の真面目さが出したコメントだと思う。

(文・緋空)