MMA(総合格闘技)のジムに通い始めた当初、私は伝統派空手上がりだということもあり、周りの人間より身のこなしが速く、ラファエル・アガイエフという空手家の真似をして対戦相手の周りをクルクル周りながら隙を探して突っ込んでは逃げる、というファイトスタイルをしていました。
堀口恭司選手が有名になる前だったので珍しい変則的なスタイルとして対応に困ったのでしょう、総合格闘技の練習をたいしてしなくてもジム内では結構有効に戦えました。
伝統派空手出身MMAファイターの課題とは
しかし当時の私は勢いとひらめきに任せて戦っていたので、何も思いつかないときは物凄くアッサリとやられてしまい、とにかく調子の波が激しかったのです。
当然のことではあるのですが、MMAに関しては素人同然だったので、なんとなく相手と同じ土俵で勝負していると負けてしまいます。どうにかできないものかと考えました。
そこで私は、何も思いつかないときにはとりあえずこう戦おう、という基本ルーティーンを決めることにしました。参考にしたのはミルコ・クロコップ。遠間から飛び込む単発系の選手で、かつ総合格闘技でも活躍していたからです。
ミルコ・クロコップの動きを壁を使って練習
ミルコ・クロコップがときおり試合で見せる動き(後述)を自分なりに分析し、同じ動きを身に着けるための練習方法をあみだしました。
壁を対戦相手に見立てて行う練習です。
- 壁の前に構えて立ちます。
- 前手で壁を押します。このときに後ろ足を浮かせます。
- 結果、前足を軸にちょっと回転しながら斜め後ろに下がります。
私はこれこそがミルコの身のこなしの基本の型だろうと分析しました。
そしてこの練習をひたすらに繰り返しました。
慣れてきたらこの練習をさらに発展させて、前手を伸ばし気味の伝統派空手の構えで適当にシャドーしながら壁に近づき、前手が壁に触れたら思いっきり壁を押して全力で斜め後ろに下がる、という動きを繰り返しました。
この練習のかいあってか課題だった調子の波が無くなりました。何も思いつかないときでも、自分の距離(一般的なMMA選手よりも少し遠い伝統空手の間合い)をキープしながらそれなりに戦えるようになったのです。
相手の接近を嫌うミルコ・クロコップの基本戦術
さて、壁を押す練習が何のためのものだったのか、種明かしといきましょう。
これはミルコvsピーター・アーツの試合を見ているときに気付いたのですが、ミルコは接近して相手との距離に詰まると思いっきり両手で相手を押して距離を離そうとする傾向がありました。
この動きは打撃に限らず、例えば中間距離くらいで組みにきた相手から離れようとするときにも、片手で押して斜め後ろに下がる傾向が見られました。
ミルコの基本戦術は、
- 遠間でエグいキックを飛ばしていく。
- 隙を見てヤバい左ストレートで飛び込んでいく。
- 距離が近づいたら思いっきり相手を押して突き放す。
という動きの繰り返しで組み立てられています。ほとんど首相撲をしないのも特長です。
私はこのようなミルコの戦い方からヒントを得て、壁を押す練習を思い立ったのでした。
この動きを実際にやってみると、想像以上の効果がありました。前手で押して斜めに下がる動作は最高に使える万能の動きといってもいいほどです。
押す動きはなぜ有効なのか
ミルコの場合、押す動きがすっかり体に染みついているせいか、打撃感覚で自然に使うことができます。
押す動きが相手の攻撃のタイミングに合えば、自然と相手の攻撃を潰し、斜めの死角に移動することができます。押したところには自分の前手が残っており、これを後ろ手と交換する形でパンチを撃てば安定してカウンターが取れます。角度的にタックルにも入りやすいです。
押して離れるので相手との位置関係が詰まっていようが離れていようが関係なく安定して距離を離すことができます。
距離が詰まっていればいるほど前足を起点に回転する形になり、相手の側面に位置することができます。
ミルコがローキックに弱かった理由も垣間見える
相手のパンチだろうとキックだろうと組みに来ていようとタックルだろうと、タイミングを合わせて押すだけで全てのディフェンスに使えます。
シンプルでありながら万能なこの押す動きがミルコの活躍を支えていたのは間違いないでしょう。
しかし、欠点もあります。実際にやってみてわかったのですが、ローキックにだけは対処出来ませんでした。そういえばオリジナルのミルコもローキックには弱かったように思います。
今回は、相手の接近を嫌うミルコ・クロコップの押す動きにフォーカスしました。実践においては、この反対の動きも織り交ぜると、相手からは非常に厄介なファイターに映ることでしょう。
近づく相手は突き放し、距離をとって消極的な攻防をしてくる相手には、こちらから距離を詰め、強烈な一撃を叩き込むのです。離れた距離から一瞬で接近し、左フックを放つ方法についてはこちらの関連記事で解説しています。
(文・千里三月記)