もやしっ子が柔道歴4カ月で黒帯に!?短期間で初段を取った内股特訓

ある日、高校柔道部に所属する同級生から、

「部員が全部で4人しかいないため、団体戦に参加できない。柔道部に入部して団体戦に出場できるよう協力してくれ」

と懇願されました。

団体戦に出場するためには5名が必要で、我が校の柔道部は部員数が足りなかったために部員一同が頭を抱えているとのことでした。

柔道歴4カ月で初段は取れるのか?

当時の私は部活動にも所属せず、気ままに高校生活を楽しんでいましたし、柔道を本格的に取り組んだ経験もない完全なド素人です。

しかし、同級生の真剣な頼みを無下にするわけにもいかず、自分でも想像すらしていなかった柔道部入部を決意します。

柔道部員たちは私の入部を喜んでくれましたが、さらなる難問が突き付けられることになります。それは、団体メンバーに入るには、初段(黒帯)以上でなければならないというのです。初段以上というのが、大会のルール上そうなのか、校内の努力目標的な意味合いだったのかは今では記憶が曖昧です。

目指す公式戦の地区予選は4カ月後と目前に迫っていました。残された期間はわずかです。部員からは是が非でも4カ月以内に黒帯を獲得するようにという至上命題が課されました。

1日3試合、全勝すれば初段に!?

柔道はゼロからの出発で何の基礎すらもない私がたったの4カ月足らずで黒帯(初段)を獲得することなど不可能だと思いました。

しかし、黒帯に成るための条件を聞いてみると、やり方次第では取れなくもないという気がしてきました。

柔道の初段をとる条件は地域や時代によっても異なるようで、この話はあくまでも90年代頃のとある地域における出来事ですので、現在もそれが可能かどうかは分かりません。

さて、私の時代の昇段試験は試合と型の審査の両方がありました。型の審査は厳しいものではなく、既定の技さえ披露できれば合格です。

試合は試験当日にひとり3試合が行われ、一勝するごとに1ポイントがもらえます。何度も昇段試験に挑戦して合計4ポイントを獲得すれば晴れて初段を取得できるのですが、私には何度も挑戦する時間がありません。

ただ例外として、1日で3人抜きを達成すればその日に昇段できるという規定がありました。

そうです、3人抜きを達成すれば初段をとることができるのです。

そんなわけで3人抜きによる柔道初段取得を目指して猛特訓が始まりました。

もやしっ子を勝たせるための技とは

練習を開始して早々に、自分の体力的な弱点をまざまざと思い知らされました。

それまで運動部に所属したことがなかった私は、柔道で戦うためのあらゆる筋力が大幅に不足していました。格闘技とは最も無縁な、いわゆる「もやしっ子」のようなものです。

また、体の柔軟性がなく、前屈ではひざ下まで手を伸ばすのがやっとでした。私の柔道生活は少しの明かりも見えないお先真っ暗な状態からスタートするのです。

そんな私のために、顧問の先生をはじめとした部員全員が短期集中型の強化策を考えてくれました。それは、「初心者が行う基礎鍛錬はこの際だからほとんど飛び越して、たった一つだけの技を徹底的に磨く」という方針でした。

私の唯一といっても良い特徴は、身長の高さと手足の長さです。そこで、たった一つの磨くべき技として選択されたのが「内股」でした。

安全に試合を行うための受け身や、最低限の寝業の攻防といった必要不可欠な練習以外は、すべて内股の特訓に費やしました。

左組みの内股を猛特訓

私は右利きであるにもかかわらず組手は「左組み」で行うように指導されます。つまり私は、黒帯獲得のために「左の内股」だけを引っ提げて臨むことになるのです。

なぜ左組みなのかを後になって考えてみると、左組みの場合はケンカ四つの体勢になり、お互いに攻めにくく、キャリアの差を埋めやすいためだと思われます。ケンカ四つでは釣り手を取ること自体がそもそも困難で、釣り手も引手も両方取れる状態は自分も相手も一瞬と思われます。釣り手と引手を取れた一瞬のチャンスに内股を仕掛ける戦略だったのでしょう。

さて、「左の内股」は釣り手である左手を相手の顔のほうに持ち上げ、引手である右手を自分の目の高さに強く引っ張ります。

同時にひざを曲げながら体を右回転させ、相手を腰にのせるイメージで左足を相手の股の間で跳ね上げ、釣り手と引き手を体の動きに合わせて引き回しながら投げる技です。

決まれば豪快な一本を取れる魅力的な技ですが、相手を崩すことができる左右の腕力や背筋力、相手を跳ね上げるための脚力、足を大きく跳ね上げることができる柔軟性が求められます。

内股の特訓1.筋トレと股割り

左の内股を成功させるために必要なすべての身体能力が欠如していた私は、入部から2カ月の間、筋トレ、股割り、打ち込み、チューブトレーニングのみを徹底して行うことを指示されます。

まずは筋トレと股割についてお話しします。

他の部員が正規メニューの練習と乱取りや投げ込みを行う中、ひとりで毎日同じ練習を繰り返しました。

主な筋トレは柔道場にあった器具を使って行います。腕の強化にはダンベルを使ったアームカールやハンマーカール、背筋の強化にはダンベルを使ったダンベルロウ、脚力の強化にはバーベルを担いだスクワットを、継続できなくなるまで何セットも行いました。

股割りは相撲の鍛錬として有名ですが、私にとってはもっともつらく過酷なトレーニングでした。足を開脚した状態でまっすぐ座ることもままならなかったレベルからのスタートですから、体を少し前に倒しただけでも下半身に激痛が走ります。

痛みに何とか耐えながらしばらく我慢していると、脂汗が噴き出し呼吸も苦しくなってきます。今思い出しても冷や汗が出るほど辛い練習でしたが、結局、足を180度近くに開脚して体を倒すまでには至りませんでした。それでも内股を仕掛けるのに必要な柔軟性は獲得できたように思います。

内股の特訓2.打ち込みとチューブトレーニング

続いて、打ち込みとチューブトレーニングについてです。

打ち込みは顧問の先生が来られた時、型の習得と並行して繰り返し行いました。

左の内股を打ち込みながら柔道場の端から端までを何十回と往復し、相手を崩すことや迅速な足さばきなどを体に覚えこませます。顧問の先生が100キロ越えの巨体でしたから、シンプルな練習とはいえ体力的にも精神的にもハードです。

チューブトレーニングは柔道場の壁にくくりつけられた自転車のタイヤチューブを使います。私が習得したいのは左の内股ですから、右手でチューブの端を持ち、技に入るイメージで体を回転させながらチューブを強く引っ張ることで引き手を中心に鍛えます。

タイヤチューブはゴム製とはいえ、少しぐらいの力では伸縮しない丈夫な造りです。初めはチューブを伸ばしつつ体を回転させることができませんでしたが、徐々に力がつきチューブを伸ばすことができるようになりました。

入部から毎日同じ練習メニューを繰り返すことで、2カ月が経過するころには自分でも実感できるほど体つきが大きく変化し、筋力もかなりつきました。

内股の特訓3.最終段階の投げ込みと乱取り

3カ月目から、いよいよ人を相手にした本格的な投げ込みと乱取りがスタートします。

初めは相手を浮かすコツがつかめずうまくいきませんでしたが、引き手を強く引くことと低い姿勢から足を跳ね上げることを意識すると、きれいに投げることができるようになりました。

内股用の体力強化トレーニングの効果はてきめんです。その後も投げ込み練習を毎日繰り返し、内股で投げきることに慣れた頃には、試合形式の乱取りでも内股の体勢にさえ入れば相手を崩すことができるようになっていました。

短期間で初段取得に成功

入部から3カ月強が経過し、いよいよ昇段試験の日を迎えます。

緊張の中挑んだ昇段試合ですが、結果は3試合とも運よく開始直後に左の内股を決めることができ、すべて一本勝ち。黒帯取得の条件である3人抜きを達成することができました。

短期間とはいえ厳しい特訓を経て、初段を取得できた時の喜びと達成感は今でも鮮明に覚えています。