柔道 指導者

高校女子柔道部、しゃべらない先輩の思い出

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高校で柔道部に入部した時、2年生はおらず、3年生の先輩だけが6人いた。

話上手で面白い人、厳しいが面倒見の良い人、いろんなタイプの人がいたが、ひときわ気になる先輩がA先輩だった。

A先輩は少しだけ人と違っていた。ほとんど喋らないのである。

しゃべらない先輩

感じが悪い人ではなかった。ニコニコとみんなの話を聞いていたし、話を振ると恥ずかしそうにはにかんでうなずいたり、手をパタパタと顔の前で振ったりした。

小柄な体格とその小動物のような仕草が可愛らしい人だった。

他の先輩達も、なかなか話をしないA先輩を無理矢理話させようとかもなかったし、何か決めなきゃ行けない時は、頷いたり、首を傾げたりするだけで済むように質問したり、代弁したりした。

ちなみに喋らないというのは、全く喋れないと言うわけではない。と言うのも、練習中や試合中はとても大きな声で掛け声をかけたりするのである。

ちなみに私はその頃はまっていた棒付きのプリン味の飴をA先輩にあげた時に、小さい声で「これ、好き」と言われたことがある。なんだかすごく嬉しくなって、ついでにもう一本あげたら、A先輩は口を隠して微笑んでいた。

柔道では声が出る

しかしそのような状態だから、A先輩に付きっ切りで技を教えてもらったとか、叱られたとか、そう言う思い出は一つもない。

練習の最中も、打ち込みの数を、「イチ」「ニ」と数える先輩の声はいつも聞いていたけれど、何かを問いかけてきたり、答えたり、と言ったコミュニケーションは無かった。

なかったけれど私はA先輩と組むのが好きだった。なぜなら彼女は部で一番強いからである。組んだ瞬間に襟を取られ、私より10センチ以上小さいA先輩が、私よりはるかに大きく見える。

体重だって私の方が10キロは重い。先輩は飛び跳ねるような払腰が得意だった。一気に引きつけて、バネが伸びるように相手の体を跳ね上げる。そう言う時はすごく大きな声で「やー!!」と言う。その声が好きだった。

A先輩と一番仲が良いキャプテンのB先輩から聞いた話だと、大勢人がいるとこや、自分に注目されている場面だと声が出なくなるらしい。

家族や兄弟は大丈夫だけど、一番仲がいいB先輩にも時々しか言葉を発しないらしい。ちょっと吃音もあるようだ。でも柔道をやっている時は声が出る。そもそも、やー、とかファイト、とか、特に自分の意思を乗せずに済む言葉だから言いやすかったのかもしれない。

人の良いところを見つける

言葉はなかったが、A先輩は優しかった。

肩を怪我してなかなか治らず、休憩中に肩をさすっていたら、後ろからそっとA先輩が来て、心配そうに肩を撫でてくれたりした。

そして一緒に練習していた期間に一度だけ言葉で褒められた事がある。

背中合わせからの寝技の乱取りを他の先輩としていた。私がかけた袈裟固めが、うまくはまって返されないまま乱取りが終了した時、人数の関係でチューブトレーニングをしながら乱取りを見ていたA先輩が、すれ違った時に小さく拍手する様な手付きをしながら、良い、良い。と言ってくれたのである。

普段言葉を発しない先輩が話す言葉だからこそ、価値が何倍にもある気がした。私だけじゃなく、他の部員の動きもA先輩はちゃんと見て、良いところがあるとすかさず近くに寄っていき、うん、とか、肩をたんたん、と叩いてニッコリしたりとか、数少ない良いところを掬って褒めてくれた。

私達はまだ道着に袖を通しているだけで、柔道の何もわからなかったけれど、先輩が褒めてくれたところは本物の様な気がした。

笑って、泣いた。

彼女は強かったが、県大会でいつも同じ選手に決勝で負け、準優勝ばかりだった。3年生が引退する最後の試合も、彼女は決勝で負けた。

泣くこともなく、淡々と戻ってきて、他の選手の応援に回った。悲しくないのか、悔しくないのか、弱いくせに勝ちにこだわる私には全く理解出来なかったけれど、先輩はこの試合を最後に引退した。

その一週間ほど後、放課後みんなでジュースやお菓子を道場にこっそり持ち込み、先輩達のお疲れ様会をした。先輩達が一人一言ずつ感謝や笑い話をする中で、A先輩の番になった。

みんな盛り上がってしまって、「あなたにとって柔道とは!」とか、「部員のみんなはどうでしたか?」とかワイワイ質問責めにして、誰かが代わりに答えようとしたらA先輩が口を開いて、ちょっと口をパクパクした後に、へへって笑って、好き、って言った。

それは柔道の事なのか、私達の事なのか、分からなかったけれど、みんな泣いた。笑って、泣いた。A先輩もちょっと泣いていた。

優しくて強くて、でも周りの空気も和ませてくれる先輩は、言葉を発するのだけが苦手で、だけど気持ちや思いやりは伝わると言う事を教えてくれた。

強さを競うスポーツだけど、優勝しなくたって強い人もいる。話せない事で中学生の頃はかなり辛い思いもしたらしい。

卒業したきり先輩は遠くの大学に行ってしまって、ここまで一回も会ってないけれど、先輩が教えてくれた優しさや思いやりは、何よりの強さだって大人になればなるほど思うのだ。

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