私の県には、滅茶苦茶につよい強豪校がいたのだ。その名は太田中学校(仮)である。ある先生が赴任してから急激に強くなったと話題な中学校であった。
ある日私たちの中学校は、太田中学校に合同練習をしに行くことになり、わくわくドキドキの遠征になったのだった。強いとは聞いていたものの何の詳しい情報も得られぬままにその日は訪れた。
剣道強豪校の驚きの実態とは
まず、驚いたのは部員数である。総部員は中学から剣道を始めたという9人だった。そのうち3人は女子だった。団体戦は5人1チームで編成されるが、この太田中学校はたった3人(一人でも負ければ敗退の状態)で県大会へとコマを進めていたのである。
この選手たちを育て上げたのが、私が影響を受けた久保先生(仮)である。
強豪校に育てた剣道指導者の考え方
久保先生の指導方法は基礎の徹底であった。ひたすら素振りをすることから練習が始まる。午前中は防具を付けずに行う練習だった。太田中学校に入部して2か月の子が、驚くほどきれいなフォームで打ちこめるのにも納得がいった。
太田中学校の部員に話を聞くと、毎日死ぬほどきつい稽古をしているようで、「ここまでやれば、もう負ける気はしない」とまで言っていたのだ。その証拠に、部員の足の裏は石のように固く、左の薬指と小指の付け根には立派な豆ができていた。
久保先生の口癖は「稽古は足し算ではなく、掛け算だ」である。一日でも剣道から離れてゼロを作ると、今までの努力はゼロになってしまうという意味である。毎日剣道のことを考えて、コツコツ努力をしなければ勝てないという教えだった。
練習中は鬼のように厳しかったが、練習が終わると優しく生徒想いの先生であった。久保先生と生徒の間には、私の理想的な関係性が構築されていた。
久保先生はいつも前向きで、ネガティブなことは口にしなかった。
久保先生は「絶対強くなれるよ、ウチの子たちもほぼ初心者なんだから。あとは、やるかやらないか。ただそれだけだよ」と笑顔でおっしゃっていた。
このような人間性を持った先生のもとで稽古をすると、フィジカルもメンタルも強くなれるのだろうなと思った。スポーツをするにあたって誰のもとで練習をするのかは大切なことである。
ネガティブだった私に刺さった先生の言葉が、私の人生を少しずつ変えていった。自分にはできないなんて思うのはもったいない。とにかく何事も基本の掛け算なんだと思って過ごせている。
(文・ならきち)