小学3年生の頃に剣道教室を見学し、その時に初めてW先生にお会いしました。その頃は30代後半で、今考えると、県内の剣道教室の先生ではかなり若い方だったのではないかと思います。
第一印象は、「とにかく怖い」の一言でした。そんなW先生から、「剣道やってみるか?」と声をかけていただき、自分も興味があったので、次の日から教室に入ることになりました。
手本を見せ、できるまで指導
私は中学までW先生の指導しか受けた事がありませんが、指導方法はとても具体的だったと思います。基本の技の練習では、気になった時は全員を集めて自ら打ち込んで手本を示し、良い打ち方と悪い打ち方を丁寧に教えてくれました。
指導者の中には、「〜しろ」と口での説明だけで終わる人も多いと思います。W先生の指導は「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、まず自分でやってみせるというスタイルが基本でした。
基本練習はメニューを消化するより身につくまでとことん取り組む方針で、予定していた練習内容まで終わらない時もありました。
叱られて泣いて帰る
W先生は練習よりも礼儀の面について厳しく、私も何度か怒られた事がありました。ある日、他の剣道教室と合同で練習をすることになり、こちらからその武道館に行く事がありました。
練習は2時間程度行い、かなりクタクタになりました。最後の挨拶の際、相手の教室の先生と生徒が「練習に来ていただき、ありがとうございました」と挨拶をしてくださいました。その時、私も挨拶を返そうと「どういたしまして」と言いました。
その後、W先生に呼ばれ、厳しい顔つきのまま、竹刀で頭を叩かれました。
「お前は剣道有段者の偉い先生か?練習を一緒にさせてもらっているのだから、こちらも『ありがとうございました』と返すのが礼儀だ!偉そうに『どういたしました』というやつがおるか!」
と言われ、自分の発言について小学生ながら反省しました。
稽古でも厳しいが、ここまで叱られたことはあまりなかったので、改めて礼儀の大切さを考えました。帰りの車の中でしばらく泣いて落ち込んだ記憶があります。
先生を嫌いにならなかった理由
小学生だった自分に対してもここまで厳しく指導してくれた先生でしたが、嫌いになることはありませんでした。それは、先生の優しさもよくわかっていたからです。
先ほどの叱られた話についても、どうして礼儀が大切なのかを、帰りの車の中で私や他のメンバーにも分かりやすいように話してくれました。決して怒るだけではなくどうして怒ったのかを話してくれました。
大会に行っても、勝った時は一緒に喜んでくれたり、負けた時は「次どうしたらいいと思う?」と冷静に考えさせてくれたりしたのが印象的でした。負けたことに関して叱ることはほとんどありませんでした。
先生と同じチームで団体戦を戦う
小学校6年生の頃、市町村対抗の剣道大会がありました。剣道の7人制の試合で、小学生二人、中学生二人、高校生一人、大学社会人二人というチームで勝った選手が多いチームがトーナメントを勝ち進むものでした。
私の住んでいる町には剣道教室が一つしかなかったので、私が先鋒(団体戦の一番手)、先生が大将(団体戦の最後)を務めていました。当時の私は6年生でキャプテンを務めていましたが、中学生や高校生と団体を組んで試合をすることはなかったので、いつもと違う感じがしていました。
特に、普段指導してくれる先生と同じチームで大会に出るというのが変な感じでした。また、先生は指導をしていても普段大会などに出ることはないので、どんなふうに戦うのか想像もつきませんでした。
最初の試合が始まります。先生は、
「先鋒で勝って勢いをつけてくれよ」
と笑顔で接してくれました。子供たちの大会の時も温厚な先生ですが、この時はさらに優しかった印象があります。
初めて見た先生の戦いぶり
いよいよ先生の試合です。「はじめ」の審判の声が上がると、私は衝撃を受けました。
練習とは比べ物にならないくらい、力強くて素早く技を繰り出しあっという間に勝ってしまいました。試合後、先生に「すごかったです」というと、「優勝するぞ」とにこやかに話してくれました。先ほどの試合からは想像もつかないような笑顔でした。
この日絶好調だった私は勝てなかった試合は一つだけ。決勝戦に進み、決勝の先鋒戦でも面を2本とって勝つことができました。先生も喜んでくれていました。
大将戦を迎えたときには3勝2敗。先生が勝つか引き分けかで優勝が決まります。先生ならやってくれるだろうと思っていましたが、試合の後半に予想していなかった展開がありました。
お互いに技が決まらなかった時、遠い間合いから面を打ちに行った先生が突然倒れました。私は「えっ」と思い焦っていました。面に行った際、アキレス腱を切ってしまいました。
それまで優勢に試合をしていた先生だったので、このままなら勝てると思っていた矢先でした。先生は棄権し、もう一人の社会人枠だった大学生の先輩が代表戦(大将戦までで勝敗がつかなかった場合の試合)に出ましたが、負けてしまい、準優勝という結果に終わりました。
棄権した後も試合会場にいた先生は、団体メンバーみんなに謝りました。
「本当に申し訳ない」という言葉を、小学生だった自分に対しても言ってくれました。私は何も言えませんでしたが、その時に、先生の団体で勝ちたかったという思いと、チームに対して申し訳ないという気持ちが伝わって来ました。
特に上位の大会につながっているわけでもなく、交流が目的の大会なので真剣に取り組んでいない社会人もいる中、先生は全力を尽くしました。先生の悔しそうな顔はとても印象的で、大会が終わった次の日も、「昨日はすまなかった」と言いました。怪我をして大変なのは先生の方なのにと、先生をさらに尊敬するようになりました。