高校剣道部でインターハイ出場、日本一を目指す!厳しい顧問の先生の話

スポンサーリンク

私は高校受験の際、ぎりぎりまでどこの高校に進学したいかも、何を学びたいのかも全く考えていませんでした。

ただ、中学校でも所属していた剣道を続けたい、それだけでした。

剣道がやれれば何でも良い、しかし中学生の頃の私は携帯電話を持っておらず調べるあてもありませんでした。

そんな時、中学校の剣道部の顧問の先生に、進学先は決めたのか、と問われました。私は何も答えられませんでした。

顧問の先生は、

「K高校の剣道部の顧問のM先生は俺の大学時代の先輩で、今茨城県代表として試合に出ているとても強い人だ。稽古は激しいがお前に行ってほしい」

と言われました。

剣道部に入るための高校受験

K高校は地元の高校でしたが、偏差値も高く部活動も盛ん、制服もかわいくて地元で一番の人気の高校でした。

私が目指すような高校ではありませんでしたが、お世話になった顧問の先生にいってほしいと言われたら、少しでも恩返しになるならと思い目指すことに決めました。

その時の私の学力では確実に無理と言えるほどだったため、少しの間、剣道もせず、勉強に取り組みました。ある程度、勉強もはかどり終えてからK高校の稽古に参加させてもらったのです。

はじめてM先生に会いました。高校剣道の力強さ、指導しているM先生の威圧、すべてに圧倒されました。それと同時に、この高校で、この先輩方とM先生のもとで剣道がしたいと直感で感じたのです。そして私は、K高校に合格することができました。

剣道部の厳しい稽古

入学して剣道部にも所属できたものの、楽しい高校生ライフなんてどこにもありませんでした。

K高校は私のいた県で一番稽古がきついと言われている高校で、練習の休みもなく、遠征は毎週自分達の実力よりも何倍も強い学校とでした。K高校は結果も残している、強豪校と言われている高校でしたが、メンタルがついていかずやめていく人もいました。

M先生の教えを守らないと怒鳴られる。今の時代だと体罰だと言われるほどの怖いくらいの怒鳴り方を毎回してくるのです。他校の生徒からもM先生の怒鳴り方を怖いとよく言われていました。

何が何でもインターハイに出る!

道場に入ったら基本的に私語禁止、試合会場では保護者との接触禁止、笑うことも禁止でした。

私たちは、M先生と笑って話すなどということもなかったので嫌われているとすら感じていました。でもM先生が毎日のように稽古後や試合後に言っていたことがありました。

それは、「何が何でもインターハイに出ろ。そのためだけに24時間を使え」でした。

かなわなかった高校剣道日本一

私はいつも、自分の試合を母に動画に残してもらうようにお願いするのですが、家でその動画を見ていた時にあることに気が付いたのです。

その試合は、大将戦で私が一本をとれなかったら負けという試合でした。そんな試合の時に、M先生がずっと左胸をつかんでいたのです。

そのことを部員にも話しその日以降に試合も気にかけてM先生のことを見ていたのです。接戦の試合では毎回左胸を抑えていました。

そして私にとって、最後の大会、インターハイの時でした。2-1の大将戦、私が一本とって代表戦になりました。30分以上の延長戦の末、私が負けてしまったのです。私が部員の日本一の夢を奪いました。

そのときに気づきました。M先生は右腕に握りつぶしてしまったようなお守りを持っていたのです。そしてそのお守りをそのまま左胸のポケットへしまいました。私も、きっと部員たちもその意味が分かりました。ほんとは誰よりも私達の勝ちを望み、自分の親のように見守ってくれていたのだと。

厳しい顧問の先生の印象が変わった

最後の全体ミーティングの際、キャプテンからの言葉の時に、私がみんなの夢を壊したことの謝罪と、私までつないでくれたみんなに感謝を伝えました。

そして次のM先生の言葉と表情は、これまでの印象を覆すものでした。

負けた私に対し、

「勝ったやつが偉いんじゃない、負けたやつがダメなんじゃない。君は負けてしまった。しかし、前へ前へ攻めた君の剣道が今まで俺が教えてきた剣道だ。その負け方に何も悔いを感じるな。君たちにはたくさんわくわくさせてもらったよ、ありがとう。」

とほほ笑んだのです。

M先生はどんな時でも厳しかったし、決して甘えを許さない先生でした。しかし、私たちに対し、勝てない、弱いなどといったことがなかったのです。

稽古や練習試合でいくら怒鳴られたとしても、試合で怒鳴られたことはなかったのです。常にインターハイ、日本一の夢を諦めるなと私たちに言ってくれていました。

誰よりも怖い大人だったはずだったけど、試合の時に信頼できないと思ったことは一度もありませんでした。きっとそれは、M先生が私たちを信頼してくれていたからだと思います。

年齢を重ねれば重ねるほど、夢を追いかけ続けることの難しさ、その夢を発言することの勇気、現実を見ろと馬鹿にしてくる人もいます。

M先生はきっと誰よりもそのことを身にしみて感じてきたはずなのに、私たちに夢を教えてくれました。無邪気に夢を語ることが難しい、夢を追うことの厳しさや不安、そのうえで夢を語ること、学生と同じように夢をつかみに行くそんなM先生は誰よりも格好良いです。

私はもう学生も終わり、社会人として働いています。K高校で剣道をしていた時よりも楽しいことはきっとこれから先ないような気がします。しかし、M先生に教わった、夢を追いかける日々の楽しさや悔しさや、全部の感情をこれからも感じていきたいと思っています。そしていつか、M先生に新しい夢を報告しに行きたいです。