柔道 指導者

柔道全国レベルの高校で、柔道経験のない数学の先生が監督に!?

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女子柔道部創立2年目に私は入部しました。監督のM先生は体育の先生ではなく、数学の先生で、なおかつ、柔道は高校の授業で黒帯を取ったものの、ほぼ素人同然でした。

指導という指導はほとんどできない状態でしたが、部員たちはM先生を信頼していました。

柔道の実技指導をしない監督

柔道の実技指導は強化合宿の時などに、他校の先生や外部講師から教わりました。また、私たちが全国レベルまで上がっていったので、他校の生徒や大学生なども練習に来るようになっており、M先生の指導がなくても私たちは力をつけていくことができました。

そんな姿を、M先生はずっと見守ってくれていました。俺は指導はできないけど、お前たちを応援して支える気持ちは誰にも負けないからなと、いつも言われていました。

私たちは、自分ではなくM先生に金メダルを渡すこと、いつのまにかそれを目標にするほど、M先生のことを最も信頼し、愛する先生だと思うようになりました。

柔道の稽古の後は数学勉強会

M先生は、柔道は素人でしたが、スキーの指導者資格の一級インストラクターをもっていて、とても運動神経の良い先生でした。当時は32歳位だったと思いますが、常に体を張ってくれて、打ち込みや寝技、乱取り稽古などを一緒にしてくれました。

私たち女子柔道部は、中学のメンバーがそのまま半分くらい入部したので強豪校のひとつになっており、県でも注目されている学校でした。好成績が残れば残るほど、必然的にM先生も注目されるようになっていきました。

私が高校1年生の時に先輩と二階級制覇して全国大会に出場を決めた時は、M先生もインタビューに答えるなど、一気に有名人になったのを覚えています。

新婚のM先生でしたが、部員に対してとても力を注いでくれていたと思います。全国大会には2年連続で出場しましたが、試合のときは前の日から同行し、試合が終わったら東京のテーマパークに連れて行ってくれました。

M先生は、お酒がとても好きな先生で、試合前日だけはビールを我慢していて、お前たちが成人したら絶対飲もうなと言っていたのは、今でもよく覚えています。

柔道の練習には、よほどのことがない限りは来てくれていました。M先生は、柔道は教えることができなかったけど、数学の先生なので、部活が終わってから数学の質問をよくみんなでして教えてもらっていました。今思うと、先輩後輩入り乱れての、部活が終わってからM先生から教わる数学の勉強会が、一番役に立ったかなと思っています。

柔道を通じた人間教育

M先生は、柔道の指導はしませんでしたが、他の部分では人間としてまた、トップクラスの選手としてあるべき姿を教えてくれました。

例えば、試合が終わったら畳を借りた場所に運ばないといけないのですが、ほとんどの生徒は手伝いをしないで帰ってしまうところ、私たちにはいつも手伝えと強く命令していました。

畳を運ぶ作業は、試合が終わってからはとてもきついものです。弁当やパンフレットを配る係でボランティアとして手伝いをしに来た地元の学生と、私たち柔道部のみで片付けた時もありました。

私たちは、最初の頃は、早く帰りたいのにどうして私たちだけ手伝わないといけないの? 多分M先生が指導者の中では下っ端だからだろう、と勝手に憶測していました。しかし、回数を重ねるにつれ、畳の片付けを率先してやるように言われたのは、M先生の指導方針だったということがわかったのです。

強い高校だからこそ、頭を下げろ、稲穂のようになれと私たちに言っていました。稲は強い、植えたばかりの小さな苗は、台風が来ても嵐が来ても、干ばつにだって耐え抜く力を持っている。その苗は成長してやがて穂が実るけど、穂が実れば実るほど頭を垂れるんだと。

そして、小さな粒となり、人の食となる。一粒一粒は微力だけど、なくてはならない存在となるんだと、教えてくれました。

驕り高ぶるのではなく、常に謙虚に、人がしないことをしろ、そして大きくなればなるほど頭を下げなさいということを教えられました。

そのことは、社会人になって、それぞれ家庭を持ってから、部員達に受け継がれていったと強く感じています。

M先生は、今ではどこかの校長先生をしていると耳にしました。退職されたら、部員たちでお祝いをしようと思っています。

(文・黒帯ももこ)

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