以前から剣道、日本拳法、居合を嗜んでいたが、どれもが学生時代に部活等で始めたのがきっかけであった。
どれも最初は遊びや体育の授業の延長のような物としてとらえていた。そこに通う学費は親が出していてくれたし、メンバーは友人と先輩後輩がいるだけであった。
つまり社会人になってから始めたシステマは大袈裟に言えば、私の人生で初めて自分で徹頭徹尾選択して、費用も何もかも自分で責任を持つ最初の武術だった。
システマを選ぶ理由
では何故、システマなのか。
システマを選んだ理由は何といってもそのユニークさがある。システマには型も技も存在しない。
この概念はシステマ愛好者でなくとも武術愛好家の方々の間ではそれなりに知られてきていると思う。身体操作にこそシステマの神髄がある。そこに今までの知識、経験にはない何かがあると感じたからだ。
ではだからといって他の武術、格闘技と同様の練習プロセスが存在しないわけではない。
その代表的なのが受け身である。例えば柔道でも必ず受け身を習得してから攻撃手段を学ぶ。
システマもまた然りで、防御技術を打撃よりも先に学んでから自身から攻撃する手段を学ばせる。
システマのワークの中でもこの受け身の奥深さには初期から注視していた。
システマの受け身とは
システマ的な概念では、例えばパンチ攻撃というのは物理的な衝撃と精神的な攻撃の両面から捉える。
故にそのパンチに対して防御、受け身を取るということは、即ち物理的にも精神的にも対応しなければならない。
簡単に書けばこういう事なのである。
というか簡単に書きすぎだ。何故かと言えば人間は痛いのが嫌だし怖いから。システマにおいてとか、武術において、とかは関係なく、殴られるのも蹴られるのも誰だって嫌だ。
だからもし、おもむろに立たされて、
「これから貴方を殴ります、でも緊張しないで恐怖も感じないようにして下さい」
と、いきなり言われても「無茶言うな!」と、至極当然の文句を言いたくなるのが人情だ。
だがこれがシステマにおいてはありふれた風景である。
人間サンドバッグにも意味はある?
人間サンドバッグよろしく、最初は本気ではないにしろ無抵抗のままひたすら叩かれる。
そんなメンタルなんぞ一朝一夕には習得できる代物ではない。
しかし受け身の上達、それ即ちシステマその物の上達ともいえるほど、重要度は高い。
ではどうすればいいのか?
答えはセミナーの為に来日した、システマトロント本部のとあるインストラクターが放った一言に尽きる。
「百万回殴って、百万回殴られろ」
ぐうの音も出ない。
とどのつまりは実践あるのみ。
以降、私はシステマの練習で、打撃を受ける機会がある時は事情が許す限り積極的にもらいに行くようになった。
一発打たれるそのたびに接触時の緊張、本能的な反射反応、物理的な苦痛を徹底的に分析し解析する脳内作業。これをひたすら繰り出す。
そう、人生初めて自分から進んだシステマという道、苦痛と恐怖の先にあるゴールを信じて…。
受け身から攻撃へ
現在、気付けば一体何発打撃を喰らってきただろうか?
しかし、かつての苦手技術であった受け身が今では自分の得意分野になる日が来ようとは。
何を隠そう私のシステマにおいての特技は受け身である。技と表現すべきかは色々ご意見あると思う。
だが理解頂きたいのは、システマでは質の高い受け身こそ強力な攻撃への足掛かりであり原動力なのだ。
では実際に私がどの様に感じて受け身をしているのか、更にそこからどういう風に展開するのかについて説明しよう。
シチュエーションは1対1で、相手側が先制攻撃を仕掛けてくるとする。
相手はすれ違いざまに私の右斜め前に足を踏み出し腹部をパンチしてくる。
その時点では手で防ぐ、避ける、あるいはカウンター攻撃を仕掛けるということはしない。ただ相手の攻撃を受け止める。ただし、その瞬間呼吸を使いリラックスする。
決して腹部を緊張させ、力に力で対抗しようとなどは考えてはいけない。
次の瞬間には打撃が腹部に入る。
それを身体を柔軟に活かして「いなす」のだ。
すると、例えばもらった運動エネルギーを足に伝えると、膝がそれを吸収しようとして折れ曲がり自然としゃがむ体勢になる。
だがそこで踏ん張ることはしない。しゃがみ込む勢いのまま相手の右横に移動する。すると私の目の前には相手の右足が自然と接近する。
ここでようやく私の攻撃。
上半身にも伝わった先程の腹部への打撃の勢いを拳の先端に集約させる。
そして相手の右足膝裏にパンチ(システマではパンチと言わずストライクと呼ぶ)を入れる。
と、これがそのままジョイントブレイクになり、相手は立っていられなくなる。
そうすれば自ずと形勢は覆る。
あるいは腹部に打撃を受けた際にしゃがまずにそのまま上半身にエネルギーを伝え、拳に集約して即打撃の反撃を繰り出す選択肢もある。
場合によっては相手の打撃の威力が強すぎて攻撃には転換できないかもしれない。
そういった場合は素直に地面に寝転んで威力を地面に逃がす方法もある。
もっとも寝転んだ場合、そのままでは無防備になってしまう。
なので、すかさずローリング(システマの前転と後転)で相手との距離を取る等の手段にいち早く移行する。
私の得意とするところは、打撃を受けた際に身体から緊張を取り去るのが早いこと。または、こういった受け身から攻撃反転するモーションが非常にスムーズということ。
これが上手くできるようになると。自然と相手が攻撃に至る前の不穏な空気を放った時から瞬時にリラックスする準備を体が自動的に整えてくれる。
受け身のメリット
さらにフェイントと本気のモーションの違いが分かるようになってくる。
なぜなら、防ぐ、避けるの発想では無い、第三、第四の選択肢を持つことにより、精神に余裕が生まれ、相手をもっとゆっくり観察することが出来るからだ。
まあ直ぐにではないが行く行くはこういった成果にも繋がるのである。
ここに至り私なりに得た心境は、
「ビビるなと言われてもビビるときはビビる。だからビビらないスーパーメンタルを手に入れるのは諦めよう、その代わり出来るだけ早く恐怖を手放す手段を覚えよう」
と言うことに尽きる。
ともあれ、システマにおいては丁寧でスムーズな受け身が取れると、そこから派生する展開のバリエーションはまさに千変万化だ。
笑のネタにされるシステマの受け身
数年前にシステマを嗜む、某お笑い芸人が、カメラの前で腹にパンチを一発食らった後、呼吸を使って痛みを取るという、ただそれだけのネタで話題になったことがある。
あそこまでコミカルでは無いにしろ、実はシステマでは、あれとほぼ同じことをするベーシックワークが存在する。
余談だが、あのネタが世間に知られたせいで、私がシステマをやっていることを知る友人たちが、事あるごとにあれと同じことをやてくれとしきりに要求してくるようになった。
さらに撮影してYouTubeにUPしようと画策した友人まで現れたので全力で阻止した。挙句、大学生の従弟までネタとして私に教えてくれるように言ってきた。
どうやら大学のサークルの友人に私の事を喋ったらしく、彼等から頼まれたらしい。とにもかくにも私にとっては妙ないわく付きのワークになってしまったわけだ。
システマの受け身の本当の意味とやり方
さて、世間にはネタとして広まったあの受け身のワークであるが、是非とも皆様方には本当の実態を知っておいてほしい。
何より非常に重要かつ為になるものなので、ある程度のポイントを押さえた上で解説したい。
だが初心者を想定した場合、そのワークを始める前に練習者はシステマ式の呼吸法を知っておく必要がある。
しかし特に複雑な技術は要らない。単純に息を鼻から吸って口から吐くだけで、あえて腹式呼吸を意識する必要もなく、鼻と口に何となく意識が回っていればそれで良い。それさえできればまずはOKだ。
それではいよいよ本題だ。
受け身における立ち方
まず打撃を受ける側はきちんと立つことが重要だ。
足を肩幅ほどに開き、背骨が真っ直ぐになるようにする。
この時点である程度緊張を感じるようならばシステマの鼻から吸って口から吐く呼吸を利用してリラックスする。
受ける側の状態が整ったら打撃を加える側はその傍らに立ち腹部にパンチを入れていく。
正し、最初は軽い接触程度からで、そこから徐々に強度を上げていき最終的には文字通りの打撃を加えていく。
この間、受ける側は一貫してリラックスをしながら、ただ打撃を受け続ける。
受け身における呼吸法
ここで登場するのがバーストブリージングだ。
バーストブリージングとはシステマの代表的な呼吸法である。
理論は簡単で、鼻から吸った息を口から吐き出すシステマ式の呼吸を勢いよく、そして早く何回も何回も連続して行うというものだ。
すると緊張がほぐれ、血流が促進されダメージの回復を早めるという理屈だ。
そして痛みが消え去ったら、また次の打撃を入れてもらうという流れである(この一連の動作が例のネタになっている)。
しかもこのワークは更に深く探求することができる。
慣れてくると、実際に打撃を受けた部分に感じる痛みは、攻撃者側がもたらした物理的な運動エネルギーだけによるものではないと解る。
どういう意味かと言うと、実際の打撃による痛み以外にも、苦痛で余計患部を強張らせ緊張させた結果生み出される、自ら創り上げる痛みの2種類が存在すると言うことである。
バーストブリージングはこの自らが生み出す痛みを早急に取り除く、或いは作り出せないようにすることができる。
そして相手からもたらされた痛みのみを正しく感じ取り、それもまたバーストブリージングで回復させるのだ。
まとめ
因みに、例のお笑い芸人のネタの動画はあまり参考にはならない。
何故なら打撃を受けた際、ド派手にバーストブリージングをするのはいいが、前かがみになったり、肩を強張らせたりして全くリラックス出来ていない。
本来ならば、あそこでああいった緊張は解消させなければならないのである。
だから、彼のパフォーマンスはあくまでネタとして受け取る必要がある。とは言え、何だかんだで、彼らの影響で世間一般へのシステマの知名度向上の効果は少なからずあったと思う。
まとめると、システマにおいては感じることがとても大切だということがお分かりいただけると思う。
それもしっかりと、正しく感じることができれば不必要な苦痛や恐怖にも惑わされず、必要な時にリラックスすることができ、思考も身体も自由を獲得することができる。
それは武術の世界のみならず、現代社会を生きる我々にとっても理想とする境地なのではないだろうか。
(文・門客人)