令和2年3月初旬。世間では感染リスクの話題で持ちきりだ。僕は車で通勤し、いつもラジオのニュースを聞いている。
朝7:30、ニュースの合間に音楽が流れた。「ここで一曲お送りします。荒野の砂塵です」。
演奏者の名前は聞き取れなかったが、間違いなく曲は「荒野の砂塵」だった。この曲を約40年ぶりに聞いた。
そう、この曲は、僕がプロレスを見はじめたころ出場していたキラー・カーンのテーマだった。僕の記憶は一気にタイムスリップした。キラー・カーンのベストバウトは間違いなくあの試合だ。その日の夜、ビール瓶を片手に動画サイトで試合を見ていた。
日本人初!全米トップスターのキラー・カーン
キラー・カーンこと小沢正志。アメリカでトップを取った日本人レスラーである。馬場や猪木も全米での知名度があったかもしれないが、本当の意味で日本人初の全米トップスターはキラー・カーンだ。
もちろんモンゴル人のギミックのためキラー・カーンを日本人と思っている人は少なかった。日本では心が優しすぎた彼もアメリカで日本人を捨て蒙古の怪人になり、世界実力一のアンドレ・ザ・ジャイアントとニューヨークでの大抗争が繰り広げられた。そして、そのカードが日本で再現された。
キラー・カーンvsアンドレ・ザ・ジャイアント
新日本プロレスの春のビッグシリーズ、MSGシリーズ優勝戦。得点2位のアントニオ猪木が欠場して3位のキラー・カーンが繰り上がり、1位のアンドレ・ザ・ジャイアントと対戦した。
アンドレのテーマが鳴り響く、なかなか入場しないアンドレ。ここから試合は始まっていた。心理戦だ。
テーマ曲がしばらく鳴り響きアンドレが入場する。まさしく人間山脈だ。そしてキラー・カーンのテーマが鳴り響き大声援の中、民族衣装のキラー・カーンが入場する。
リング上ではアンドレは余裕の表情、笑みすら見られる。一方カーンは緊張気味。リングアナウンスにより、カーンの独特の両腕のアップのしぐさが見られゴングである。
全米トップカードの再現となった。カーンのキック、パンチにはアンドレは全く効かず余裕の表情だ。会場内はカーン、小沢コールが巻き起こる。
アンドレは意外にもカーンの腕を決めてきた。晩年と違ってこのころのアンドレはレスリングが出来る。慎重にアームロックを決めてくる。
カーンも隙を伺い首を決め逆襲する。さすがに投げは決まらない。250キロと140キロの攻防だ。
アンドレの奇声が鳴り響き、カーンをロープに振りショルダースルーを決めようとするが、カーンもキックでかわし、なんとボディスラムで持ち上げようとするが、押しつぶされる。肉弾対決である。
アンドレは珍しく場外でインターバルをとり、カーンを挑発。カーンはエキサイト気味だ。リングインしたアンドレにカーンは食らいつこうとするがカウンターのキックで吹き飛ばされる。
試合はアンドレペースで進む。スタミナを奪おうとスリーパーやチョーク攻撃でカーンを痛めつけていく。しかしカーンも負けてはいない。伝家の宝刀、モンゴリアンチョップが火を噴いた。鳥の翼のような体勢からのダブルチョップだ。
二発目はアンドレがダブルで腕をロックし、そのままカンヌキの体勢からスープレックスにもっていく。全盛期のアンドレは動きも素早い。アンドレのパワー殺法に小細工はせずカーンは正面からぶつかった。アンドレの顔面をかきむしり、目つぶし、そしてターゲットを足に絞る。
キラー・カーンへの大歓声
カーンのペースで試合が進む。奇声をあげて足を蹴りまくる。まさしく蒙古の怪人だ。アンドレは場外へエスケープし足を引きずっている。会場内はカーンへの大声援である。
カウント18で戻ったアンドレは足を引きずりながら逆襲する。チョップにヘッドバット。そして首を決めたままのフロントネックチャンスリードロップ。いわゆるブレーンバスターの原型である。
140キロのカーンを吹っ飛ばし、250キロのヒップドロップ。これで終わったと思われたが、カーンがギリギリかわし自爆させる。アンドレは足のダメージが蓄積し苦悶の表情だ。
カーンの攻撃でアンドレが再度場外へエスケープする。これは本当に珍しい光景だ。リングに戻ったアンドレを攻めるカーン。すばらしい対決に館内は大歓声。カーン、小沢コールが起こる。
両選手死力を尽くした攻防だ。アンドレは2メートルの高さからのショルダースルーでカーンをKOする。足を引きずりながら攻めるアンドレ、フイニッシュホールドのジャイアントプレスはまたも自爆。カーンの最後の逆襲、モンゴリアンチョップの奇声が響く。
勝負に出たカーンはセカンドロープからのモンゴリアンを決めようとするが、アンドレにつかまりデッドリードライブ。そしてブレーンバスター。ダメ押しのヒップドロップ。さすがのカーンもここで力尽き3カウントが入る。16分42秒、アンドレの優勝で幕が閉じた。
アントニオ猪木とも死闘を切り広げたアンドレだが、日本人で正面からパワーでぶつかり合った好勝負はカーンだけだった。玉砕ファイトのキラー・カーン。まさしく全米のトップヒールだ。
この試合から、日本でも本当のトップレスラーになったカーン。この日から小沢コールは起きなくなった。素晴らしいキラー・カーンのファイトである。
(文・GO)