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プロボクサーの五輪出場なるか?元王者の佐藤幸治が全日本出場へ

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プロボクシングの元東洋太平洋(OPBF)ミドル級チャンピオンだった佐藤幸治が2019年9月15日に行われた関東予選に勝ち、来年の東京オリンピック出場へまた駒を一つ進めた。

佐藤は元プロボクサーとしてアマチュアの全日本選手権に出場する初めての選手となった。

佐藤幸治の五輪出場の可能性は?

現在38歳の佐藤幸治が11月に鹿児島県で行われる全日本選手権で優勝すれば前代未聞の元プロボクサーの五輪出場が決定する。

ミドル級(75キロがリミット)という日本人にとって重たいクラスだと言うことを考えれば、その可能性は十分にある。

軽量級の選手ほどはスピードが要求されないこのクラスにあって、1試合ごとに佐藤は長年のブランクを取り戻しつつある。

東洋太平洋のチャンピオン時代の最長12ラウンドを戦うプロに比べれば、3ラウンドで終わるアマはスタミナの点でも心配がない。

村田諒太に圧勝した経歴も

佐藤は6月の東京予選での復帰戦では長年のブランクの影響か、ギリギリの判定勝ちだったが、今回はアマ復帰3戦目で、日体大3年生の小森勇典(21歳)にシャットアウトの判定勝ちを収め、修正能力の高さを見せた。

佐藤はアマ13冠、プロでは20勝18KOで、負けたのは2009年にドイツで挑戦した世界戦と、2011年の日本とOPBFのタイトル統一戦だけだ。

結局この最後に負けた試合で引退してしまうのだが、本人に言わせると、「ずっと、やり残した感」があったそうだ。

アマ時代の2004年には当時高校生だった、現WBA世界ミドル級王者でロンドンオリンピック金メダリストの村田諒太にも圧勝している。その村田が金メダルを勲章に帝拳ジム入りする少し前に同じ帝拳ジムを引退したのだが、その後は職を転々とした。現在は要人警護の職に就いているという。

佐藤幸治、38歳の挑戦をどう見るか

確かにスピード重視のアマチュアボクシングとダメージを相手に与えることを優先するプロとではスタイルが違うが、グローブをはめて打ち合う事は同じはず。佐藤はアマでも2000年のシドニーと2004年のアテネ五輪では今一歩のところで出場の夢を逃している。

そんな佐藤にとって、38歳という年はこの競技を続けるに当たって、若くはないが年を取り過ぎている訳でもない。

特に日本におけるミドル級というクラスでは不可能な年齢ではないはずだ。スピード重視のフライ級とは違う。ましてや、佐藤には長い、長いアマのキャリアがある。

何階級にも渡って世界王者になった比国の英雄マニー・パッキャオは現在40歳で現役のプロの世界チャンピオンだし、彼のライバルのフロイド・メイウエザーは今42歳だが引退と、カムバックを繰り返している。

五輪出場にかける佐藤幸治の思いとは

ただ、佐藤をこれらの超スーパースターと比べるのは筋ではない。既に家庭を持ち、3歳の男の子もいる佐藤、そんな佐藤がアマに帰ってきたからには理由があるはずだ。

「最後は納得してグローブを置きたい」

佐藤いわく、いつまでも日本人に負けた(プロでの)試合の思いを引きずりながら生きていくのは嫌だとの事。だからと言って、一度引退したプロには簡単には戻るわけには行かない。

そんな折り、オリンピックが東京で開かれる事になったのが佐藤の人生観を変えた様だ。そこにもし出場出来れば、地元だけに結構行ける自信のようなものが今は生まれているらしい。

過去に五輪出場寸前まで何度も行った選手が、今度は東京で開かれると聞いて、今まで押さえつけてきた何か蓋のようなものが開いたのだろう。

そんな佐藤の堅い決意を知ってか、会社は佐藤の五輪出場の夢を叶えるのを手伝うために、勤務時間も配慮してくれているそうだ。

地元開催のオリンピックで、もし出場出来れば、こんなに新しい人生を始めるのにピッタリの出来事はない。是が非でも過去何度もトライして失敗した自分にとっては特別な存在だった五輪に出て、納得してボクシング生活にピリオドを打ちたい。これが佐藤の心境だ。

アマチュアボクシング全日本選手権は2019年11月21〜24日、鹿児島県の阿久根市で開かれる。

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