弱そうに見える武道の達人は実在する?60代空手家のカウンター技

体の衰えとともに弱くなる。そう思っていた僕は20代から始めた空手を「遅い」と思っていました。

でも、ある先生に出会ってその考えは間違っていたと感じました。

空手をやるのは、アスリートではない。武道家であるという事を教わった話です。

60代、おじいちゃん先生の空手指導

私は大道塾(現 空道)に入門し、午前の初級クラスに通っていました。当時はフリーターをしていたので、夕方のバイトが始まるまでが僕の自由時間です。

練習時間が平日の日中ということもあり、一般の会社員の人はほとんどいなくて自営業をしている人たちが中心。

僕の同期には、柔道をやっている大学生、ベンチャー企業の社長など、ちょっと個性的な面々が集まっていました。

そのクラスを取り仕切っていたのがスナックを経営する60代の通称「おじいちゃん先生」でした。

おじいちゃん先生は身長150㎝台で、山本英夫の漫画『殺し屋1(イチ)』に出てくるジジイにそっくりですが、ただのおじいちゃんという感じで、ぱっと見は強そうではありません。

練習中、おじいちゃん先生は突きや蹴りといった基本動作は教えてくれるのですが、組み手はほとんどやりません。

一方、道場生の中にはマッチョな人や、いかにも空手マンという厳(いか)つい人がおり、その人達の方が強そうだなと思っていました。

おじいちゃん先生、ついに組手に参加!

ある日、何がきっかけだったかは忘れましたが、組手のときに熱くなった僕は同期の社長と喧嘩の様な殴り合いをしてしまいました。

「止め!」

というおじいちゃん先生の言葉で、殴り合いは止まりましたが、僕と社長はおさまらず、お互いにもう1番やろうとしていました。

他の道場生は特に止めることもなく、二人が向かい合うのを見ていました。

その時、「わしも入ろう」と言っておじいちゃん先生が組手の列に入ってきました。すると、先輩の道場生たちが「え!?」というう表情をして、一斉に顔をこわばらせました。

おじいちゃん先生の中段突きを食らう

僕の目の前にはおじいちゃん先生がいます。「気合、入れておきなさい」と静かに言ってから、「はじめ!」の号令。組手が始まりました。

このときの僕は熱くなっていたのもあり、相手がおじいちゃん先生だろうと手加減なしで「倒してやろう!」と考えてました。

この日の練習テーマでもあった基本の突きからの攻撃ではなく、自分が得意な前蹴りを放ちました。直後、懐に入ってきたおじいちゃん先生に中段突きを食らいます。

吹き飛ばされるような衝撃はなく、触れた程度の感触でしたが、僕はその場にうずくまり、動けなくなりました。

達人技?おじいちゃん先生のカウンター

おじいちゃん先生の中段突きで動けなくなった僕はその後、組手を続けることができなくなり、見学することに。

道場の隅で正座していると、僕より少し遅れて同じように見学する羽目になった社長が這いつくばって横にやってきました。

「なんだあれ?」と、さっきまで喧嘩腰で殴り合っていたことを忘れて、おじいちゃん先生の技について話し始めたとき、驚く光景を目にしました。

ほとんどの先輩道場生たちが、おじいちゃん先生に圧倒されています。

攻撃を仕掛ける相手の動きに合わせ、カウンターを仕掛けるおじいちゃん先生の突きは決して速いわけでも強いわけでもないのに、突かれた相手は苦悶の表情を浮かべていました。

先輩道場生たちは僕たちのように倒されるということはなかったのですが、明らかに動きが悪くなっていました。

武道の達人は実在するのか

稽古が終わった後、黙想が終わり、道場生の前に正座したおじいちゃん先生が話し始めました。

「今日、二人が稽古を逸脱する喧嘩をしたけど、あれは稽古でやっちゃいかんよ。空手は究極は勝つことだから決して間違いではない。でも、稽古は己の弱さを認めて、鍛える場なので稽古では勝つことがすべてではない。

相手に勝つことだけを考えた稽古をやっているとあれもこれもと完璧を求める。そうすると、何も身につかない。強さはオール5を目指さなくていい。

何か一つでもいいから5になる可能性のあるものを鍛えなさい。そしてそれを10にしていきなさい。」

その後も、おじいちゃん先生から学ぶことはたくさんありました。

何かの機会におじいちゃん先生が、ぼそっとこんなことを言いました。

「空手は競技じゃなくて武道だから、選手はアスリートではなく、武道家で探求家。もしアスリートなら年をとると肉体の衰えで弱くなる。武道家なら年を重ねるたびに強くなる、そう思っている。」

武道の達人は存在する。僕はおじいちゃん先生の言葉をかみしめて、年齢を重ねています。

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