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【ボクシング体験談】突然のデビュー戦…減量を間に合わせ勝てるのか

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私は減量に関して一試合だけ苦い思い出があります。

それは1967年の4月のプロデビュー戦の試合が急遽1週間前に決まったのです。

いつもどおりの学校とジムの行き来の生活を送り、食事も普通に食べていたのですが、ある日ジムに行くと、マネージャーから急に呼ばれ試合に出られなくなった選手が1人出たので、急で悪いが穴埋めに試合に出てくれないか、との事。

当時は4回戦の試合が沢山アンダーカードとして組まれていて、1試合欠けると、パンフレットに書かれている「その他4回戦の試合5組」が4組になり、ファンに迷惑をかけることになります。当時はよくありました。何しろ選手が今と違って多く、試合数も多いため、中には風邪をひいただの、ジムに来なくなっただのというケースがありました。

2~3月カ月に1度位のペースで試合が決まっており、試合の決定は遅くとも1カ月半位前までに選手に伝えられていました。

デビュー戦ですから、本当はもっとちゃんと心身共に準備を整えて万全の態勢で臨みたかったのですが、この世界ではよくあることなので仕方ありません。即座にOKをしました。相手の選手のことを気にするよりも先に、まず取り組まなければならないのは決められた規定体重のすること。

1週間で5キロ落とす減量

当時の計量は試合当日の朝に行われていました。現在では試合前日に行われているので、羨ましい限りです。

契約ではフライ級のリミットの112ポンド(50.8 kg)とのころ、その時の私の体重は約56キロ位でしたから5キロ強を一週間足らずで落とさなくてはなりませんでした。

それぐらいの減量なら簡単ではないのか、と思われる方もおられるかと思いますが、普段何の運動もせずに飲み食いし放題で体重も100キロぐらいの人が5キロ体重を減らすのとは訳が違います。

なにせ毎日の練習で大量の汗をかき、食事も通常は1日2食のフライ級のボクサーにとっては、初めからもう減量する余地自体がかなり少ないのです。これは軽量級のボクサーの減量につきまとう宿命ですね。

私はその夜から減量に取り組みましたが、食べないわけにはいきません。タンパク質は当然取り、炭水化物は極力止めました。お腹が空腹すぎて、初日は良く眠れませんでした。

試合まで1週間を切ったときの過ごし方

試合までに1週間をきると、コンニャクなどの「食べた感はあるが、ほとんどカロリーのない食べ物」を多く加え、心の満足感を得ておりました。

それでも、練習は最低限やらなくてはならず、どんな相手か分かりませんが、スパーリングも2ラウンドやりました。

そして、ロープスキッピンング(縄跳び)を厚着したトレーニングウエアの上に雨合羽を着て、ラウンド無視で長時間跳びました。

その後はジムの片隅にトレーナーが用意してくれていた火鉢(今は使わないですね)に毛布を体にかけて覆いかぶさるようにしてしばらく汗がじわりと体の芯から出るのを待ちました。

その当時からサウナは有ったのですが、この上、サウナに乾燥状態で入ると貧血状態になる恐れがあるので、私は使いませんでした。

試合前の3日間の過ごし方

試合まで後3日ぐらいになると、もうスパーリングなどの激しいジムでのトレーニングはやりませんでした。ロープとシャドーボクシング位で調整です。その後、牛乳瓶に自分の唾をペっぺっと吐いて少しでも体重を軽くすることに努めました。この唾を吐くというやり方は当時の先輩がよくやっていたのでそれを真似したのです。

そして、試合前日はジムには行きましたが、体重を測るだけで練習はしません。体重は51.2キロでした。今までの疲れを抜かなければなりませんから。そのまま家に帰り、何も食べずに早めに床に就きました。

普通寝ると、翌朝には何百グラムかは体重が落ちるので想定内の体重でした。ただ、兎に角、お腹が空いて、空いてたまりません。そこで空腹を紛らわすためにお腹の周りを帯紐で縛って、空腹感を和らげて寝ました。うつらうつらで熟睡は出来ませんでした。

そして、試合当日へ

翌朝の計量は111ポンド(50.3キロ)で見事一発にてパスしました。肝心の試合の方は私がかろうじて判定勝ちしました(相手は私がサウスポーだという事を知らなかったみたいで、私にとってはラッキーでした)。

減量にスタミナを奪われて、もう2ラウンドから私は口パクパクのガス欠でした。

「常在戦場」という言葉は何も政治の世界だけにあるのではありません。常にいつ試合があっても良いように体調管理の重要性を再認識したデビュー戦でした。

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