わたしが合気道初段(黒帯)を取るまで根気強く指導してくれたY師範とT師範は、覚えの悪い、体力のないわたしを根気強く指導してくれました。
そのお陰で黒帯まで取れて、最初何だか分からなかった技なども、しばらく合気道の稽古を離れている今でさえ、やろうと思えば技をかけられるくらいまでに身につきました。
社会人になってから合気道を始めた
就職した20代の初め頃、満員電車の中で毎日痴漢にあっていました。
そのストレスのせいか円形脱毛症が3カ所もできてしまい、これではまずいと思ったわたしは、何か護身術を習おうと考えました。
たまたま地域のスポ-ツセンタ-に行ったら、合気道という武道の稽古風景を見ることができました。当時武道と言えば、剣道と柔道くらいしか知らなかったもので、とても新鮮でした。
そこで、指導していたY師範が、合気道は精神修養にもなるし、護身術にもなる、警察官の逮捕術としても利用されていると聞いて、やってみようとY師範の指導の元、始めました。
合気道師範はわたしの自己決定を尊重してくれる
始めたのは良いものの、かなりの体力を使う羽目になり、一時期稽古をさぼってしまうことになったのですが、Y師範がそんなわたしを見捨てることもなく、根気強く稽古や、わたしとのコミュニケ-ションを取ってくれたおかげで、何だかんだと続けていくことができました。
Y師範の元で稽古を始めて数年が経ち、わたしも1級までくることができました。
ですが、そんな矢先、Y師範に癌が発覚して指導できない身体になってしまったのです。
その代役としてY師範の代わりに指導してくれたのがT師範でした。
このT師範は合気道会でもかなり有名な方で、実際、合気道の開祖故植芝盛平氏に直々に指導を受けた方で、厳しくも優しく指導してもらい、そして、初段(黒帯)まで導いてもらいました。
とにかく、優しく丁寧に指導してくれました。身につくまで根気強く指導してくれた印象です。
突き放すでもなく、押さえつけるでもなく、わたしの自己決定を尊重してくれて指導してくれました。
相手を尊重する「合気」とは
押し付けた指導をしない、わたしの自己決定を尊重してくれる、やはり合気道だけあり、その合気の精神はとても印象的でした。
護身術の役目だけではなく、ぎすぎすとした現代の人間関係、この合気道の合気の精神というものは、そんな現代にとても柔らかく、そして、思い遣りのある人間関係を育める人を作るうえで、すばらしい武道なのではないかと思っています。
特に、合気道を習っている子供たちはいじめを受けないし、当然いじめたりもしません。
相手に気を合わせる合気という道、つまり、合気とは相手を尊重して思い遣ることなのです。
相手の力を利用して倒すという武道でもありますが、そのことを通じて相手の自己決定を尊重しているのです。要は攻撃すると自分に返ってくるよという悟りの境地みたいなものです。
仏教の善因善果、悪因悪果、自業自得という教えがつまっている哲学的な武道だと思います。
開祖の故植芝盛平氏が求めていた人類平和、その思いがいっぱいつまった武道なのではないかと思っています。
(文・さちこ)