「礼に始まり、礼に終わる」
柔道を始めたとき、一番最初に教わったのは礼儀だった。
基本を忘れるべからず、技や実力はもちろんだが、礼が出来ていなければどんなに頑張っても強くはなれない、と教わった。
柔道を始めたのは中学生の時の部活動。
口酸っぱく言われていても、
(なんだうるさいなぁ、またかよ)
と心の中でもやもやしながら聞いていたのである。
高校まで続けて県大会まで行けるほどの実力は持っていたが、大学に進学する際にあっさりと辞めてしまい、その後一般企業に就職して平凡な生活を過ごしていた。
昔からプロレスが好きで、中でも獣神サンダーライガー選手が好きだったのだが、2019年3月に引退宣言があり、最後の勇姿を目に焼き付けるべく、大型会場でのビッグマッチに赴いていた。
獣神サンダーライガーvs鈴木みのる
2019年はライガーにとってデビューし30周年とメモリアルな年であった。
会社はここぞとばかりに、ライガー最終章と銘打って他団体への出場や記念試合を計画していた。
しかし、引退会見直後のイベントマッチ初戦である4月の後楽園ホールで事件は起こった。
因縁がある鈴木みのるの挑発に激怒したライガーは、メモリアルマッチというのも忘れ大荒れ。それ以後、10月14日の一騎打ちまで対戦相手には鈴木みのるとの試合が多く組まれた。
そしてついに、10月のビッグマッチイベントである両国国技館大会で、両者のシングルマッチが組まれたのであった。
入場曲「怒りの獣神」のイントロに手拍子
試合前の煽りVTRが流れ、会場の雰囲気は一気に盛り上がった。
最近好きになったというプロレスファンからすれば、1つの抗争としての盛り上がりで済むが、ライガーのデビュー時からの流れを知っていればこの試合が持つ意味も変わってくる。
鈴木みのるはいつものように、自身の黒タオルを頭に被り、風になって入場。
鈴木の入場曲が闇の帝王であれば、ライガーの入場曲は光り輝く勇者のようなもの。
ライガーの入場曲である怒りの獣神のイントロが流れれば、観衆からは自然と手拍子とコールが生まれた。入場ゲートに現れたライガーは上半身裸の対ヘビー級用バトルライガースタイル。
鈴木のエルボーとライガー掌底の打ち合い
試合は静寂の中で、お互いが警戒をしていて組み合うことがなく、スリリングな展開に。
グラウンドの展開になっても、両者譲らず、場外乱闘でのパイプ椅子の叩きあいなど壮絶なものだった。
後半は、鈴木の振り抜きエルボーとライガーの掌底の打ち合いに!
エルボーに崩れるライガーに対し「来い!」「そんなもんか!」と声を荒げる鈴木、立っては倒し、立っては倒し。
歴史をハイライトで見るかのように、ライガーの得意技である浴びせ蹴り、垂直落下式ブレーンバスター、空中胴絞め落とし、鬼殺しなど受け切って、鈴木のゴッチ式パイルドライバー。
獣神サンダーライガーと鈴木みのるの因縁
試合後、すべてを出し尽くし大の字になるライガーにヤングライオンが駆け寄った。
鈴木はパイプイスを手に持ち彼らを蹴散らすと、ライガーを前に立ち尽くす。
観衆が固唾をのんで、リング上の光景を見つめる。
パイプイスを放り投げ、虚空を見上げ一呼吸。セルリアンブルーのマットに両膝をついて、深く座礼。
今まで完全ヒールだった鈴木みのるに対して会場に「みのるコール」が起きた。
2人の歴史は若手時代にさかのぼる。若手時代に道場で一緒にスパーリングをし、練習が終われば必ず座位をする。お互いに「今日もよろしく」と「ありがとう」を伝える、プロレスラーなりの礼儀であるそう。
毎日の練習をしていた同士だったからこそ、最後の最後でここまでの因縁を持たせ、最後に礼儀を含ませられたのかもしれない。
その光景を見て、私は昔の言葉を思い出した。
「礼に始まり、礼に終わる」
強くなるという理由だけでなく、相手をリスペクトし相手がいるからこそ練習ができ強くなれる。だから、どんな相手にも「ありがとう」の心を忘れず、礼を尽くすという事だと、長い時間がかかったが気付いたのだ。
相手があるからこそ、学ぶこともある。周りから見れば、柔道は投げる、武道は殴ったり蹴ったり、人によってはバイオレンスなものに感じてしまう。だからこそ、「相手をしてくれてありがとう」の精神を忘れないよう、礼を大切にするのだ。
大好きな選手たちから人生で大切なことを学べた気がして、試合後の帰路は過去最高の充実感でいっぱいだった。