2000年代に自衛隊に在籍しながらMMA(総合格闘技)に取り組んでいました。
私はもともと剣道と伝統派空手をやっていたので打撃は得意だったのですが、接近してからの打ち合いのコツがつかめずにいました。
剣道も伝統派空手もサイドステップはあまりなく、前後の距離感とタイミングで踏み込んで有効打を奪う(一本を取る)というルールです。MMAのスパーリングの際には、必ず最初に強い一発は当てられるものの、そこから先にどうしていいかわからずラッシュで押し切られることが多いという課題を抱えていました。
ボクサーにポジショニングの方法を学ぶ
自衛隊にはざまざまな格闘技経験者がいました。
その中に、接近戦の打ち合いにめっぽう強いインターハイ上がりのボクサーがおりました。遠い間合いから一発を当てた後、彼のように打ち合うことができれば理想的だと考えていたことろ、彼はあっさりと打ち合いが上手くなる練習方法を教えてくれたのです。
重要なのは、相手に対して自分がどの位置にいるかというポジショニングでした。
対戦相手とお互いに自由に動き回って、ある条件を満たしたときだけに素早く手を伸ばして相手の鼻に触る、という練習を繰り返します。
不思議なことにその条件を正しく満たした状況で伸ばした手は、百発百中で相手の鼻にヒットしました。逆に相手がその条件を満たせないように心がけて自分の位置を常にキープしていると、相手はこちらの鼻に触ることができませんでした。つまり、攻撃にも防御にも使えるポジショニングの練習でした。
その条件というのは、
「相手の構えた腕と腕の間に自分の腕が入ったとき、その腕で打ったストレートはかなりの確率で当たる」
というのもです。
それはボクシングでかなりの実績を残したボクサーの彼が発見したアウトボクシングのコツでした。
自衛隊員同士で練習をしていたので、この腕と腕の間に自分の腕が入ったときに打つという方法はとても馴染みやすいものでした。というのも小銃を狙い撃つときの照星と照門を合わせて引き金を引く、という動きに似ていたからです。
伝統空手の苦手な接近戦での攻防が可能に
こうしたポジショニングの練習を継続した結果、私はパンチの打ち合いでボクサーの彼以外に負けなくなりました。
また単純に攻撃を当てられるだけでなく、従来の課題であった、飛び込んで単発の攻撃を入れたあと、何をやっていいかわからなくなる、という課題も解決しました。
以前の私は相手の真正面から突っ込んでいたために敵とお互いに正中線を晒した状態で至近距離でお見合いし、その位置関係のまま居着いてしまい、焦ってお互いに手打ちのパンチを連打しあっていたわけです。これは私に限らず、伝統空手や剣道出身者がやってしまいがちな間違いで、打撃の実力者を相手にしたときには非常に危険です。
ポジショニングの練習の結果、先に述べた条件を意識して動けるようになったため、相手の正面に正しい角度で半身を切ったまま飛び込むようになり、自然とお見合いをすることがなくなり一方的に打ち込めるようになりました。
またこの練習をするとディフェンスも良くなります。当たる位置に行けるということは、どこに立っていると相手の攻撃が飛んでくるかわかるということです。
これでようやく対戦相手とポジショニングの駆け引きができるようになりました。例えば、わざと相手の攻撃の当たる位置に顔を晒して狙った反応を誘い、カウンターを狙う。まっすぐのパンチの当たる位置関係を起点として、フックやタックルやキックが決まる位置関係に素早く移行する、などです。
当て勘に頼らずに打撃の実力を伸ばすには
当て勘がある、ないという言葉が格闘技にはあります。
しかし、単純な反応速度や勘でパンチを当てたり、捌いたりしている選手は世界レベルでもそうはいません。
案外、格闘技というものは素の身体的素質だけでは決まらないものなのです。これは筋肉番付のような身体能力を競う場面で格闘家があまり活躍できないことからも分かります。競技の中で神がかった動きをする格闘家も、身体能力だけを見れば体操のオリンピック代表などと比べれば劣っているでしょう。
しかし、格闘技となれば話しは別です。トップレベルの格闘家は運動神経で超反応をしているわけではなく、ポジショニングが上手いから避けたり当てたりできるのです。
ポジショニングはこれほど格闘技で重要なものであるにもかかわらず、多くの格闘家はそもそもポジショニングの良い・悪いの判断基準を持っていなかったりします。これでは最初からセンスのある選手以外は強くなれません。
ここで紹介したポジショニングの練習を取り入れることで、当て勘などのセンスに頼らず、打撃の実力を着実に伸ばしていくことができるでしょう。
なお今回はお互いにしっかり構えた中での打撃の攻防を取り上げましたが、総合格闘技にはガードが低く、ほとんど構えていない選手も少なくありません。低いガードには、また別のロジックがあります。
低いガードがなぜ可能なのか、ガードが低くてもパンチをもらわないコツについてはこちらの記事で解説しています。
(文・千里三月記)