私が剣道に出会ったのは中学1年生の体験入部。
なんとなく見学に行ったときに見た、キレのある素振りをする先輩たちの姿に憧れ、未経験で剣道の世界に飛び込みました。
そこで出会ったのが、私の中学時代の恩師である本田先生(仮名)です。
中学女子剣道部の顧問は女教師
本田先生は一言で言えばクールビューティー。
身長が高く、スラッとした体型で、髪の長い女性の先生でした。
本田先生の剣道は技だけでなく、足運びや残心などの細かい所作まで、隅から隅まで洗練されていました。
国語の先生でもあり、「まさに文武両道だ」というのが、私が初めて先生に出会った時の印象です。
本田先生は毎日、放課後の職員会議が終わるとすぐに道着に着替えて部活へやって来ていました。
そして部員と同じ準備体操をして、部員と一緒になって練習メニューをこなし、自ら体当たりで指導してくださっていたのです。
今でこそ恩師だと思っている本田先生ですが、剣道部に入部したばかりの当時の私は、そんな完璧で厳しい本田先生のことが少し苦手でした。
剣道部を辞めたくなったと、思い切って相談
部活を初めて半年ほど経った頃の話です。
一緒に始めたはずの初心者の同級生たちは、本田先生の熱心な指導のおかげもあって、みるみる上達していました。
ある子は初めて勝利をおさめ、ある子は学校で表彰され…。
しかし、私は表彰されるどころか、試合で1本すら取れないままの日々が続いていたのです。
「自分には才能がないのかもしれない」
「もう部活を辞めてしまおうか…」
私は次第に自己嫌悪に陥り、あんなに楽しみだった部活に行くことが怖くなっていきました。
そんな部活を辞める一歩手前だった私に声をかけて、救いの手を差し伸べてくれたのが本田先生です。
私は当時、自分の弱みを他人に見せるのは恥ずかしいと感じていました。
しかし、「どうせ辞めるんだから」と、思い切って本田先生に思いの丈を打ち明けてみたのです。
恥ずかしい話、あの時の私は自暴自棄と言っても過言ではない状態だったのだと今になって思います。
しかし、私のこの行動が思わぬ展開へと私を導いてくれました。
「周りはどんどん上手くなるのに、自分は全然上達しなくて悔しいです。だからもう部活をやめようかと思っていて…」
私がぽつぽつと話すのを、本田先生は静かに相づちを打ちながら聴き続けてくれました。
そして、自分の経験談を交えつつ、とても親身になって話をしてくださったことを今でも覚えています。
「剣道が嫌いになったなら引き留めないけど、まだ剣道が好きなら一緒に続けようよ」
本田先生のその言葉で、私の頭の中から「部活を辞める」という選択肢は、いつの間にか綺麗さっぱりなくなりました。
弱みを見せたことで距離が縮まる
私が思い切って自分の悩みを打ち明けたことにより、先生との距離は一気に縮まりました。
そしてあの一件以来、先生と話す話題は剣道の話以外にも広がっていったのです。
先生の授業の感想や人生相談、さらには恋愛の相談にも乗ってもらったこともあります。
本田先生は私のどんな悩みでもまるで自分のことのように悩んで、考えてくれました。
私はこの経験から、「人に弱みを見せるのは恥ずかしくない」ということを学びました。
恥ずかしいどころか、弱みを見せたことで今まで苦手だった相手との距離が縮まったのです。
先生との距離が縮まったのも束の間、本田先生は私たちが中学3年生に進級したと同時に、教師を辞めてしまいました。
一体なぜなのか、理由は今でも分かりません。
先生は最後の部活の日に、「学生時代の大事な思い出をしまっておけるように」と、部員全員に小さなアルバムをプレゼントしてくれました。
私は、今でもそのアルバムは大事に持っていて、先生がおっしゃった通り、中学時代の思い出の写真を入れています。
本田先生からもらった大切なものは、アルバムだけではありません。
部活を辞めようとしていた私に先生がかけてくれた言葉や、先生とのたくさんの思い出は今でも、私の人生において大切な宝物です。
いつか会えたら、あの時のお礼を言うつもりです。
(文・トラマル)