1990年6月30日、日本武道館で行われた全日本キックボクシング連盟「INSPIRING WARS HEAT630」。
この興行でファンの心を掴んだのは、後にK-1のリングで活躍することになる佐竹雅昭選手だった。
K-1立ち上げの試金石となった歴史的興行
INSPIRING WARS HEAT630の出場選手を見ると、
- フルコンタクト空手正道会館のエース佐竹雅昭
- ムエタイミドル級王者チャンプア・ゲッソンリット
- 帝王ロブ・カーマン
- 喧嘩嵐ピーター・スミット
- デル・アポロ・クック
と誰が主役になってもおかしくないほどのラインナップを揃えていたが、最終的に主役の座を射止めたのは、この日、キックルール初挑戦となる佐竹雅昭であったと思う。
そのことは、翌月発行された「ゴング格闘技」、「格闘技通信」の2誌がどちらもトップページに佐竹雅昭vsドン・中矢・ニールセン戦を持ってきたことからもわかる。
ドン・中矢・ニールセンはアメリカ出身の日系人キックボクサーで、新日本プロレスのリングで前田日明と異種格闘技戦を行うなど人気を集めていた。
正道会館の石井和義館長がK-1を立ち上げる試金石となったとも言われる、この歴史的一戦を私なりに振り返ってみよう。
佐竹雅昭vsドン・中矢・ニールセン戦
私は選手入場シーンから堪能させてもらうタイプである。まず、先にリングインした佐竹であるが、キック仕様にモデルチェンジした見事なまでに引き締まった身体と、やや緊張しつつも、ただならぬ闘志を感じさせる表情が実に凛々しかった。
一方のニールセンであるが、なんと全日本キックのテーマソングで入場。否が応でも、全日本キックが正道会館を迎え撃つかのような構図が思い描かれる。その後、リング中央でレフェリーの最終チェックを受ける両者であるが、闘志むき出しの佐竹に対して、余裕の笑みを浮かべるニールセン。
金的、そして佐竹の頭突き2連発
最初にペースを握ったのは、テクニックで一日の長があるニールセンであった。左ストレートを主体にしたコンビネーションで佐竹をぐらつかせる。
序盤から苦戦を強いられた佐竹であるが、思わぬ攻防から勝機を掴むことになる。苦し紛れに首相撲に持ち込んだ佐竹の金的にニールセンのヒザ蹴りが当たると、「目には目を」と言わんばかりに佐竹もお返しの金的を放ち、さらにコーナーに詰めて、この日1発目の頭突き。
試合前、余裕の笑みを浮かべていたニールセンが、思わずしかめっ面になる。私見ではあるが、この金的の攻防をきっかけにして、佐竹は吹っ切れたように思う。
その後も、ニールセンが優勢になると佐竹が強引に首相撲に持ち込む展開が続くが、ちょうどハーフタイムが過ぎた頃、佐竹がロープに押し付けヒジを繰り出すと、ニールセンが後ずさり、佐竹はさらにコーナーに追い詰めると、とどめと言わんばかりの頭突き2連発。
初回の頭突きではしかめっ面だったニールセンであるが、今度は泣きっ面になる。とくに、最後の1発は的確にアゴを捉えており、フィニッシュブローへの布石になっていたように思う。
「ストップ」直後、佐竹の右ストレート炸裂
1発の金的、1発のヒジ、そして合計3発の頭突きを出した段階で、やっと、佐竹の減点1を宣告するレフェリーであるが、機を失した感は否めない。
せめて、ニールセンに数分間のインターバルを取らせてから続行するべきではなかったかと思うが、何事もなかったかのように試合は再開される。
さらに驚いたことに、試合再開からわずか数秒の攻防の後、極めて唐突なレフェリーの「ストップ」の声。発声とほぼ同時に繰り出された佐竹の右ストレートは止められるはずもなく、ニールセンのアゴにヒット。
この場面でも、ノーコンテストの選択肢もあったと思うが、ダウンカウントが無情にも数えられ、1ラウンド2分7秒、佐竹のKO勝ちの裁定が下された。
ファンを獲得した佐竹の勝利者インタビュー
当時、キックボクシング2大メジャー団体のひとつであった全日本キックのリングで、全日本キックのテーマソングで入場してきたキックボクサーが、フルコンタクト空手家とキックルールで闘い、全日本キック所属のレフェリーに裁かれて負けた。
極言すれば、全日本キック所属レフェリーの不手際で負けたと言っても過言ではないと思っている。
最後になるが、ともすると消化不良になりかねないこの一戦を、後世に語り継がれる名勝負にまで昇華させた要因のひとつに、佐竹の勝利者インタビューがあげられるのではないかと勝手に思っている。
高校球児に野武士をミックスしたかのような佇まいで、堂々と、滑舌よく、的確な言葉で受け答えしていた。彼のこの清々しくも潔い態度が、数分前、繰り出していたバッティングのことなど吹き飛ばしてしまったように思うのである。
後日、格闘技誌では批判記事も掲載されたとのことだが、映像で観るかぎり、佐竹のインタビュー中、目立った野次は飛んでいない。キックのコアなファン達をも味方にしてしまう何かが、その日の佐竹にはあったように思う。